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お嬢様と黒猫


 ある時、依頼が来た。裏の仕事だった。探偵事務所という表の顔のしょっぱい仕事ではなく、霊払い師としての仕事だ。大金が舞い込む。


「やっと、もやし生活が終わりますね、社長」


 助手の仕事見習いJKは学校の制服姿で、机にお茶を置いてくれる。


「ズズー、出涸らしだな」


「儲けがなかったですから」


 探偵業は昨今儲からないんだ。いや初めから全然儲かってないか。


「それで、これが大金の舞い込む手紙ですか」


「ずいぶん金持ちのようだな。前金で50万、成功で300万。お嬢様についた霊を除霊してほしいらしい」


「ただの思春期の悩みじゃないんですか」


「それならそれで、霊のせいにして金をもらうとするさ」




 数日後、俺はタバコの匂いの染みついたボロい中古車で山道を登って、依頼主の屋敷についた。

 車から降りて、神社のような大きな門の前へと歩く。


「ああ、これは……いるな」


「や、やっぱり、そうですよね。わたしでも嫌な悪寒がしてーー」


「エゾラボッドデカルチャー」


「社長、訳のわからない言葉を喋りながら、お札を貼らないでください。それにセクハラですよ」


「うなじをセクハラ扱いするには、年齢がたりねーよ」


 ああ、かったりー。これは、かなり成長してんじゃねーか。

 タバコの吸い殻を山に捨てようとしたが、隣からセクハラ視線より怖い視線がとんできて、そっと吸い殻用の携帯ケースに入れた。


「エソウ探偵事務所の方ですね」


 門の横についてあるインターホンから声が出て、大きな門は自動で開かれた。


「こんなハイテクなのに、わざわざ山の中に住むとか、金持ちの考えることは分からねーな」


「社長には一生縁がなさそうですね、ロマンですよ」


「ロマンっていうのは、ワビサビだろう。俺の中古車だってロマンだ」


「100歩ゆずっても、タバコの匂いをどうにかしてください」


 タバコも男のロマンだってのに。


 インターホンの声の男性が門から道なりに進んだ家屋の前に立っていた。お嬢様の付き人らしく、すぐに応接室に案内してもらった。

 ここには、住人は、この男性とメイド一人、それとお嬢様しかいないようだ。あとはペットに犬と猫が一匹ずつ。お嬢様の母親は出産時に死亡、父親は滅多に来ないらしい。口ぶりから本当に全然来てないようだ。


「お嬢さんには会えないのか」


「今は少し。明日にはお会いできるようになります」


 別に、完全に狂っているわけではないのか。霊に取り憑かれて暴れているというわけでもなさそうだ。


「それで、霊が取り憑いていると思う理由はなんだ」


「見たんです」


「見た?」


「猫です。ここには、もともとお嬢様が昔から可愛がっている犬を連れてきていたのですが、どこから迷い込んだのか猫がやってきました。お嬢様は、その猫を大層可愛がっておいででしたが、ある時、ふっと見たら尻尾がーー2本あったんです」


「それってーー」


「ネコマタだな」


「見間違いかもしれません。次の日、庭で鳴いている時は、尻尾は一本でした」


「いや、ネコマタは賢い。見られたこと自体誤算だったんだろう」


 ネコマタか。めんどうな妖怪だ。山の中に逃げ込まれたら打つ手がない。


「そうだ、お嬢様が、山を降りて都会で暮らせば解決じゃないですか」


「もうそんな段階じゃないんだろう」


「はい。お嬢様はここ最近、猫を撫でてばかりで、全然こちらの話を聞いてくれる様子もなく」


「なぁ、あんた、もう分かってると思うが」


「覚悟はできています」


「そうか」


 応接室を後にして、寝泊まりする客間に通された。古い畳の間。外には池が見える。


「悪い猫を倒す。それで万事オッケー。今回は分かりやすいですね」


「うまくいけばいいけどな」


「ネコマタって、強いんですか」


「賢いんだ。俺たちが来た時点で、もう警戒しているだろうな。夜中のうちに食べられるかも」


「えっ、えーーーっ!わたし、さすがに、まだ死にたくないですよ」


「札で結界を貼ってるだろう。安心しろ」





 ニャーゴーーーーーー。暗闇の外、見えない中で、不気味な猫の鳴き声だけが響く。


「猫の声です」


「そうだな」


 こんこん。

 ノック。ふすまがノックされる。正確には結界にあたった音だ。


「夜分遅くにすみません」


 若い女性の声だった。お嬢様だろう。


「あの、社長。結界あけますか」


「バカか。よーく見てみろ」


 ふすまを透視して、見習いJKがお嬢様を見た。


「う、うそッ、か、顔が……」


「剥ぎ取られてるな。真っ赤な血のお面だ」


「う、うぇ、おぇ」


「吐くなよ、こんなので」


「で、でも……」


「死んでるに決まってるんだよ。霊の邪気を感じただろう」


 顔を削ぎ落とされて、ただネコマタに操られるだけの哀れな死体人形。

 ガリガリガリガリーー。


「け、結界を引っ掻いてますよ。早くなんちゃらソワカってやってくださいよ」


「ポッポッポーノクワズラッケット」


「また適当に、呪文を言って」


「大事なのは気持ちさ。愛してるの百倍の大嫌いもあるんだ」


 ビタンっと音が鳴り、床にお嬢様が光の線で縛られる。


「拘束なんですね」


「死体を消すわけにもいかないからな。でも、ネコマタは逃げるな」


「えっ?」


 外の暗闇で、音がする。葉擦れの音が。


「よかったんですか」


「いいんだよ、ネコマタは雨に狩るさ。水が苦手なんだ」




 執事に話して、お嬢様を土蔵に監禁して、雨を待って、数日。

 土砂降りになった。

 

「行くんですか、この雨の中」


「いい天気だ。この辺りで雨を防げるのは、近くの神社だけ。やつはきっとそこにいる」


 借りた自転車を出して、ずぶ濡れで、一人、向かうことにしている。見習いjkはお留守番だ。


「帰ってきますよね」


「俺が霊に負けるわけないだろう」


「いえ、自転車で滑ったり」


「そっちかよ。おじさんは、自転車の年季が違う」


「分かりました。いってらっしゃい」


「おう」


 と言ったがいいが、まさかな。

 おいおいーー。


「ブレーキが効かない」


 冷静に言っても、自転車の速度は増していく。そして鮮やかに、さっさと藪に突っ込んで、衝撃を殺した。


「ネコマタめ、先手を打ってきたな」


 ということは、実は神社ではなく、家の方にいたりするのか。

 雷鳴とともに、光が走る。

 そして、雷ではない光が、家の方から放たれる。


「おいおい、見習いJKさんよ」



 俺が辿り着いたときには、ネコマタと見習いJKのバトルが展開されていた。完全に化け物の仲間入りしているJKの姿。凛々しい爪に牙。天使のような羽。

 すぐに、ネコマタはボロボロで踏んづけられていた。

 そして、JKはネコマタの妖怪に噛みついて、ごっくんと飲み込んでしまった。


「バサランバサランサンショクゴゲン」


 札が三枚。jkを囲って、拘束しようと霊力が集まるが。


「ぐっぎゃアァッ。ーーバギャアアアアアアア!!」


「あー、だめだな、これは。抑えきれないか」


 全く持って、気が進まないが。

 札を出す。召喚用の札。要するに、餌。召喚されると同時に、俺の右腕に憑依して、さらにさらに汚染しようとしてくる。


「よーし、JK。さっさと噛みつけ」


「バウ、ガウ、アアアァァァァ!」


「ぐっ」


 噛まれた瞬間に餌が消失し切る前に、直接、自分の血から陽の気を送り込む。

 シュゥと白い煙が雨の中広がる。そして、見習いJKは元の姿に戻った。




 エソウ探偵事務所。


「社長。なんでモヤシ生活が続行しているんですか」


「どこぞの誰かさんが、札代を理解しないからだ」


 召喚用の札がいくらすると思っているんだ。


「ご、ごめんなさい」


「いい。ネコマタの動きを読めなかった俺が悪いんだ」


「社長。噛まれた場所痛いですか。何かできることはないですか」


「ああ、首筋がピリピリと。あと背中が痛い」


「それは自転車で盛大に転んだせいですよね」


「いいから、マッサージ頼む」


 事務所のボロいソファに寝そべる。


「はいはい」


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