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「これが奥様の絵です」
そう言って執事が見せてくれた絵は色褪せてはいるものの柔らかそうな金髪が日の光を受けてキラキラと輝き、小さな赤ん坊を抱く優しげな緑の瞳と表情にあたしの視線は釘付けになった。
今まで見てきた絵と比べると価値があるようには見えないけど、それなのにどうしてあたしはこの絵から視線を反らせないの? これが母さんの絵だから?
「これはお嬢様がお産まれになってすぐの頃ですね」
「これがあたしなの?」
おくるみに包まれててるから赤ん坊の顔は分からないけど、母さんがこれだけ優しそうな顔をしているんだからこの中であたしは愛されていたんだろう。もしかしたら違うかもしれないが、きっとそうなんだと思いたい。
「この絵から探してちょうだい」
「かしこまりました」
ようやく母さんの手がかりへの第一歩が掴める!
どれくらいで見つかるかな?
見つかってこちらから連絡したらあたしに会いに来てくれる? ううん、会いたいのならあたしから会いに行こう。そして、母さんをびっくりさせよう。
あたしこんなに大きくなったんだよって言って母さんを抱きしめたい。
もしかしたら母さんは再婚してるかも。そしたら弟か妹が居るのかな? どんな顔してるかな? 仲良くしてくれるかな?
その日は一日中そわそわとワクワクしっぱなしで中々眠れず、寝てからも夢で母さんと姉弟たちに囲まれて一緒に笑っていてどこまでもうかれていた。
◇◇◇◇◇◇
「分からなかった?」
「はい」
「嘘でしょ……」
執事に探すように伝えて数ヶ月。父さんの遺産を狙うハイエナ共を弁護士に任せたり、家にまで来るような人たちには丁重にお帰りいただいたりしている間に分かったことはそれだけ? いや、忙しい中調べてくれてありがとうと言うべき? 分からなかったのに?
「最後に住んでいた家は分かりましたが、それも数年前までです」
「それはどこ?」
「隣の国なのですが、行かれるおつもりで?」
「もちろん行くわ」
最初からそのつもりなのに何を言っているんだと執事を睨めば執事は頭を下げ一枚の紙を差し出してきた。
「今は若い画家が住んでいるそうです」
「そうなの。その人は母さんのこと知ってるかしら?」
「そこまでは……」
執事からもらった紙を見る。
エペンス通り249-7とある。
エペンス通り? 聞いたことないと言えば執事が隣国のクラヴァール地方にあると教えてくれた。
「私は旅の手配をしてきます。何かあればメイドに」
「分かったわ」
母さんの手がかりが見つかるまでは父さんのお店は弁護士と従業員に任せて家のことはこの執事に任せておきましょ。
何年も出掛ける訳じゃないんだし、長くてもほんの1、2週間ぐらいは平気よね。
いくらあたしが頭がいいからっていきなり何でもかんでも出来る訳ないんだし、この年で従業員にあれこれ指図するのはいくらあたしが天才で父さんにくっついて商売について学んでいたとしても、世間がうるさすぎる。
あたしはあたしのやりたいことをしたいだけなのにギャーギャーうるさい人たちが多くて困る。
見送りに来てくれると執事が言ってくれたが、それよりも遺産目当ての厚かましい親戚の対応をとお願いして付き人のケイトと一緒に列車に乗った。
こんな父さんまであんな人たちの相手なんてしたくない。
列車は何人か乗っていてその中には家族連れの人たちもいて、ちょっと違えばあたしもあんな風に父さんと母さんの間で笑っていられたかもしれないと思ったら胸が痛くなったが、気付かない振りをしてやりすごした。
列車の旅は長い。こんなところで感傷的になっていても身がもたない。
景色を楽しむか本でも読むかと鞄から本を取り出したが一時間もしない内に早々に飽きてしまった。
景色も山か田舎の景色しか映さないからこちらも飽きるのは早かった。
「確かこの列車には食堂車があったわよね」
「そうですね。お食事になさいますか?」
「そうね」
そこも家族連れが多そうだけど、景色も本もすぐに飽きてしまったんだからしょうがない。
食事をするには少し早いかもしれないが、混むよりはマシだろう。