第五章6 開幕! 二人のリベンジマッチ
「この辺りでいかがでしょうか?」
テレサは、いかにも淑女然とした表情で、私とレイシアに聞いてきた。
今私達が居るのは、先程の畑が広がる場所から一キロほど東にずれた場所だ。
「場所を変えましょう」というテレサの誘いに促されるまま、先導するテレサの後を追ってここまで来たのだ。
途中で石壁を越えてきたから、ここは〈ディストピアス〉の外だ。
もちろん、〈ロストナイン帝国〉の内部であることに変わりはない。
見渡す限り草原の風景は、〈ディストピアス〉に入る前、私が見てきた景色とよく似ているからだ。
「この場所を選んだわけを聞かせて貰えぬか?」
私の横に並んだレイシアが、低い声色で目の前のテレサに問う。
そのレイシアは、先程から周囲にくまなく目を配っていた。
罠の類いが仕込まれていないか、魔術的視覚で見ていたのだろう。
この質問をしたのも、何らかの罠を警戒してのことか?
「ご心配には及びません。この場所を選んだことに、なんらやましい事情はありませんわ」
だが、そんなレイシアの心中を察したかのように、テレサは答えた。
「ちっ。まあ、貴様ならそう答えるだろうとは思っていたが」
苛立ちを押さえられないとばかりに、レイシアは吐き捨てる。
が、すぐに平静を取り繕って、テレサを見据えた。
「それで、どうする? もうやるのか?」
「そうですわね。ぼちぼち始めるとしましょうか……」
テレサは優雅に一礼する。
応じて、深紅のドレスが、夜風に舞う花びらのごとく怪しげに揺れた。
それから左手を掲げ、空気中の生命力を集め始めた。
「……なあ、カース」
「なんです?」
ふと、レイシアが声をかけてきて、私は彼女の方を向いた。
当の本人は真っ直ぐにテレサを睨んだまま、言葉だけを私に投げかける。
「闘いに負けた夜に、貴様が余に言った台詞……覚えてるか?」
「え? えっと……なんだったかな……」
「ふん、覚えていないのか。勝手な奴だ」
「す、すいません」
本当に覚えていないのだから、仕方がない。
そんな私へ、レイシアはまるで独り言でも言うように告げる。
「貴様が言うに、余は独りでいるのに慣れすぎているらしい。だから、今度は誰かに頼れと……そう言ったのだ」
「あーそのことですか。確かに言いました。それがどうかしましたか?」
「それは……その、なんだ。本当はこんなこと、恥ずかしくて言いたくないんだがな。……貴様のこと、頼りにしているぞ」
……へ?
私は拍子抜けしてしまった。
プライドの高いレイシアが、私を頼るなんて。
これは、もう全力で頼られちゃうしかない! 男としt……おっと、今は女の状態だった。
そんな浮かれ調子の私であったが、ふとある異変に気付く。
少し照れくさそうに頬を赤らめているレイシア。
しかし、その表情とは裏腹に、指先が小刻みに揺れていたのだ。
紛れもなく、気が張り詰めている証拠である。
(まあ、前回敵わなかった相手を前にしているわけだし、当然だよね……)
私は一つ深呼吸をして――
「存分に頼ってください」
そう答えた。
「ふん。若輩者が、僅かな内に大きくなったものだな」
レイシアは、一瞬不敵に笑いかけ――それと同時。
「《削命法》―火炎》ッ!」
テレサの魔術が起動する。
それに対抗するべく、私達は懐から宝石を取り出し――
深くなる夜。
ついに、全身全霊をかけたリベンジマッチが幕を開けた。




