第五章3 怪しき淑女とその父と
「カース様に軽く説明をさせていただきますと……実際問題、ワタクシ自身もよくわかっていないのですわ。何故、お父様が捕虜の監禁場所などという最高機密を、あなた様に教えるよう命じたのか。もしかして……実は貴方様が、こちら側のスパイだったりして?」
「なぁっ!?」
本人は冗談めかして言ったつもりなのだろうが、忽王国の兵士達全員から、鋭い目を向けられる羽目になった。
「か、勘弁してくださいよ! そんなわけないでしょう!」
「ふふふっ、失礼。ワタクシ自身、その可能性はないと思っていますわ。もしスパイなら、命がけで王女を救うナイトの役目なんて、できるはずありませんものね」
幸い、テレサがそう言ってくれたお陰で周囲の鋭い視線は解けたのだが。
本当に、何を言い出すかわからない女だ。
心臓に悪すぎる。
「つまり、そのお父様とやらの命令で、私に王女の居場所を教えてくれたってことですね?」
「ええ、そういうことですわ」
テレサは微笑み、とつとつと語り出した。
「お父様は、〈ウリーサ〉を含め、帝国の全てを統べる御方。即ち帝王様ですわ。故に――お父様の命令は絶対のものなのです」
なるほど、帝王か。
確かに帝国側の最高権力者なの命令ならば、本人の意志に関係なく実行に移す他ないのだろう。
例え、その命令に疑問を抱いたとしても――
「これで、貴方様に重要な事実をお伝えした理由に、納得がいきましたでしょうか?」
「納得は出来てないですけど、理解は出来ました」
「あらあらまあまあ、それはどういう意味でしょうか?」
テレサは目をぱちくりさせながら、聞き返してくる。
「言いたいことはわかりましたが、真意は相変わらずひた隠しにしているじゃないですか。王女の監禁場所を私に教えたその理由を知っているのが、ただテレサさんから帝王に変わっただけのことです」
「そう言われれば、そうですわね……」
テレサは「なるほど」と言わんばかりに頷く。
次の瞬間、何かを閃いたようにぽんと手を叩いた。
「それでは、お父様の口から直接理由を聞いてみてはいかがです?」
「……は、はいぃ?」
私は思わず、気の抜けた声を上げてしまった。
本気で言っているとするなら、明らかに頭のネジが飛んでいる。
国の最高指導者の元へ敵を招くなど、常識的には考えられない。
(まあ、今目の前にいるこの人が、常識的に理解できる言動をしたことなんて、一度もないんだけど……)
だからこそ、怖いのだ。
何を考えているかが全くわからないから、本気で言っている可能性だってあるのだ。
ドジなのか、それともマジなのか?
私にはとても判断が付かなくて――
「なぁんて、冗談ですわ。そんなに難しい顔をしないでくださいな」
(いやただの冗談なのかい!)
私は思わずこけそうになった。
いろいろと考えて損した。
等のテレサは、くすくすと小馬鹿にするかのように笑っている。
本当に、掌の上で人を転がすのが上手い女性だ。
「さて、戯れごとはこの辺にして……始めましょうか?」
ふと、テレサの纏う空気が一変した。
氷のごとく研ぎ澄まされた空気がテレサから放たれ、場を満たして行く。
(始まる……)
闘いの気配を肌で感じて、私の手はいつの間にか、腰に佩いた剣に添えられていた。
ちらりと周りに目を向けると、兵士達は一様に臨戦体勢をとっている。
(仕方ない……知りたいことを知る前に、一つ大きな山を越えようか)
私がそう心に決めるのと同時。
バサリ。
テレサがローブを翻す音が鳴る。
「それでは……こちらから参りますわ」
そして、闇夜にテレサの怪しげな声が溶け込んでいった。




