第一章7 王宮到着。 謎の男、見参!
しばらく、石畳がまるで絨毯のように滑らかに敷かれた大通りを歩いた。
行き交う人々の数も、〈リステイン村〉とは比べものにならないほど多く、賑わっている。
周囲には、赤い煉瓦や白い石でできた建物がずらりと並んでいる。
前世の東京の高層マンション街とまではいかないけれど、五階から十階近い建物ばかりだ。一目でトリッヒ王国を代表する都だと理解した。
「あ、おにい見て!」
ふと隣に歩くフィリアが興奮したように声を上げ、とある一点を指さした。
見やれば進行方向の左前方に、巨大な建物がそびえていた。
天を貫く程に高い、幾本もの尖塔。それらを繋ぐ渡り廊下。建物をぐるりと囲う、堅牢な石壁。その悉くが陽光を受けて白の輝きを纏い、荘厳な雰囲気を際だたせる。
子供なら誰でも一度は夢に見る、「王子様のお城」。その形容が相応しい程、見事な造りの城であった。
「凄いね」
「うん。立派だ」
見とれている間に、城の門まで来た。
人の背丈の五倍はある、巨大な鉄の門だ。その両端には、当たり前のように、鎧を着て槍と盾を持った門番が立っていた。
「何用か」
「通行証が無いと入れぬぞ?」
案の定、門に近づくと門番に話しかけられる。
そりゃそうだ。いきなり城に足を踏み入れようとする見ず知らずの人間を、止めないはずが無い。
「通してよ。フィリア、王国騎士団に入ったんだよ?」
不服そうに頬を膨らませて、フィリアが突っかかる。
「であれば、尚のこと。騎士団より正式な文書が届いているはずだ。それが無ければ、ここは通せぬ」
「あーごめん。忘れたからムリ。だから通してよ」
パン。両手を額の前で合わせ、「謝ったからいいでしょ?」とでも言わんばかりの対応をするフィリア。
「なんだと? 貴様舐めているのか! 通行する資格のない者が通れるのなら、我々は要らんのだ」
「まず正式な文書を無くすなど、普通あり得ぬ。王宮魔術師団と肩を並べる、王国に名高き最高戦力機関だぞ! 貴様のようなヘタレが入隊できたとは思えん」
(ですよねー。僕もそう思います)
こればっかりは、共感で苦笑いを禁じ得なかった。
「なっ! 本当のことだし! あとヘタレじゃないし!」
「わかったわかった。だから、さっさと回れ右して帰れ」
だが、当然門番はフィリアを相手にしない。
入る資格のないものを、仮にも国の王がいる城へ易々と招き入れるはずが無い。至極当然のことだ。
「ちょ、ちょっと待って!」
だがフィリアはしつこく食い下がった。
元いた場所に戻ろうとする門番の一人の腕を掴み、強引に引き止める。
「本当に入隊できたんだって! 信じてよ!」
(まったくこの子は……)
この期に及んで「信じて」と言ったって、「信じる」と返すわけが無い。兵は感情で城を守っているわけじゃないのだ。僕は、フィリアと門番の間に割って入ろうとして……
「やかましいッ! この小娘がッ!」
「きゃっ!」
どんっという鈍い音がして、一瞬フィリアの身体が宙に浮いた。
門番がフィリアを突き飛ばしたのだ。
「フィリアっ!」
駆け寄る間もなく、フィリアは地面に倒れた。
「はっ。自業自得だ。最低限の規則も守れぬ小娘に関わってる余裕はない」
「わかったらそいつを連れてどっかいくんだな。そこの草食系の彼氏さん」
話は終わりだと言わんばかりに、再び歩き出す二人を。
「待ってください」
呼び止めた。
「なんだ。まだ用があるのか」
「言いたいことが二つあります。一つ、僕はフィリアの恋人じゃありません。兄です」
「だからなんだ?」
それには答えず、僕は言葉を続けた。水が流れるように、淀みない所作で右手を剣の柄に添えながら。
「二つ、事情はどうあれ、妹に手を上げる輩は――」
瞬間、僕は地面を蹴った。一息に詰まる二人の門番との距離。
「なっ!」
「こいつ!」
慌てて槍を構える二人……が、欠伸が出るほどに対応が遅い。
「ふっ!」
抜刀し、すり抜け様、山嵐のように鋭い一撃を放つ。
二人の持っていた槍は真っ二つに割れ、地面に転がった。
「ば、ばかな!」
「し、信じられん!」
驚愕も露わに目を見開く二人を一瞥し、淡々と告げた。
「――誰であっても、許しませんから」
「「ひっ、ひぃッ!」」
門番が聞いて呆れるほどに狼狽え、腰を抜かしてしまう二人。
なんともまあ、情けない門番達である。
(しかし……どうしよう)
ついカッとなって門番をやっつけてしまったが、これでは王宮に喧嘩を売ったも同然だ。門番がフィリアに手出しをしなければ、一度退いてどこかからこっそり侵入するつもりだったのだが。
(計画が狂ったな。……こいつらのせいで)
再度、地面に転がる男を一瞥する。
僕が手を上げたせい、などとは死んでも認めるつもりはない。男が女に手を上げるというのは、基本的にあってはならない。持論ではなく、「愛し合うカップルになるための教本」で得た知識だ。
だが、今そんなことを言っても、どうしようもない。
今問題なのは、王宮に入る難易度が絶望的なまでに上がってしまった、ということである。
(とりあえず、話の通じる人と運良く落ち合えればいいんだけど……そう簡単にことは運ばないか)
そんなことを考えていた矢先。
「一部始終は、見させて貰ったぜ!」
計ったように、空から声が振ってきた。
「な、なに?」
「誰?」
いつの間にか起き上がったフィリアも、天を仰ぐ。
いた。門のてっぺんに、誰かが腕を組んで立っている。
「とうっ!」
そいつは空中でくるくると宙返りをしながら落下して。
「あらよっと」
軽快なかけ声とともに、地面に着地した。
年齢は二十歳くらい。薄茶色のサングラスの下から覗く、琥珀色の瞳。腰まで伸びた藍色の髪は、うなじ辺りで括られている。小麦色の肌が似合いすぎるアロハシャツと短パンの組み合わせは、その男が豪快かつ快活な人間だということを雄弁に語っていた。
「あの、あんたはいったい?」
「俺か? 俺はロディ=アッセル。王国騎士団の騎士長だ! よろしく!」
白い歯を見せ、空から降ってきた男―ロディは、野性味溢れる表情で言った。
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