第四章35 託される思いと決別と
セルフィスの目を見つめ、私は一語一句丁寧に紡ぐ。
「お気持ちは嬉しいんです。現に、回復役が居てくれた方が助かるわけですし……でも、王女は死なせてはならない大切な御方ですから。もし戦場のまっただ中に連れて行って、貴方を死なせてしまうようなことになれば、大きな損失になります。それこそ、国という大きな単位で」
「そ、それは……」
痛いところを突かれたのか、セルフィスは押し黙る。
こればっかりは、こちらの要求を呑んで貰わねばならない。
王女を死なせたとあっては、一体どうして国王や民衆に顔向けができようか?
それに……たぶん私は、一生男の身体に戻れない気がする。
(安っぽい考え方だけど……女性を守れなくて、男なんて名乗れないからね)
だから、セルフィス王女には引き下がって欲しいのだ。
その決断を迫るように、私は追い打ちをかける。
「そもそも、私を助けてくれた時に酷使した体力が、回復しきってはいないのでしょう? そんな状態で、また回復魔術を使わせるわけにはいきません」
「それも、確かにカースさんの言う通りですけど……でも!」
セルフィスは必死に訴えかけるように、私の目を覗き込んでくる。
彼女の目を見ればわかる。
彼女は……本気だ。
私の言うことも、自分が死ねば周りにどんな影響が及ぶのかも、全てわかった上で戦闘への参加を懇願している。
その覚悟を前に、私は一瞬承諾しかけて――
「……ダメです」
彼女の願いを踏み躙っていることへの罪悪感を覚えながらも、私は否定した。
おそらく、彼女なりに思うことがあるのだろう。
私に助けられたことへの感謝から、なにか恩返しがしたいと思ったに違いない。
しかし、その気持ちなら十分貰ったし、何よりさっき怪我を治して貰った。
だから。
「お気持ちは有り難く頂戴します。でもどうか、御身を大切に……。このようなところで、貴方を死なせるわけにはいかないんです」
「カースさん……」
私の真剣な思いが通じたのか、セルフィスは感極まったように目元を揺らす。
――と、感動シーンの最中になんだが、言いたいことがある。
このシチュエーション、男の状態でやった方が萌え度高くね?
うん、絶対そう。
「……わかりました」
セルフィスは、遂に首を縦に振った。
それから不意に、両手で挟み込むように私の手を握ってきた。
春の雪解けのようにやんわりとした感触が、私の手に伝わってくる。
内心ドギマギしている私を真っ直ぐに見据えて、セルフィスは話し出した。
「大人しく、ここで迎えの者が来るのを待ちます。付いていって、カースさん達の足を引っ張るのも、申し訳ないですし……ただ」
セルフィスは言葉を切る。
それから、柔和な顔にそぐわない真摯な顔つきで言った。
「これだけは言わせてください。必ず、無事で帰ってきてくださいね。王女命令ですよ」
「わかりました。約束しましょう」
そう応えると、セルフィスは満足げに微笑んだ。
それはまさしく、天使と形容するに相応しい表情で――
「そ、それじゃ行ってきますね……ッ」
照れ隠しをするように、早口で告げる。
「はい、お気を付けて」
エールを送るセルフィスに力強く頷き返し、背を向ける。
それから、元来た道を勢いよく走り出した。
向かう先は当然〈ロストナイン帝国〉の首都、〈ディストピアス〉。
そこで戦っているであろう仲間達の姿を想像しながら、私は駆ける脚に力を込める。
過ぎる風が火照った頬を冷ましていくのを感じながら、ひたすらに〈ディストピアス〉を目指した。
夜は、より一層深くなっていく……




