第四章34 王女の決意
△▼△▼△▼
「ここまで来れば、安心だと思います」
私は、草むらの上にそっとセルフィスを降ろした。
ずっと横に抱えて運んでいたからだろう。セルフィスは、二の足で立てるくらいまでには体力が回復していた。
「ここは……どこなのですか?」
セルフィスは辺りをきょろきょろと見回しながら、そう問うてくる。
「一応、〈トリッヒ王国〉と〈ロストナイン帝国〉の国境付近です。国土としては、ギリギリ王国の内部ですから、安心してください」
「では、敵の魔術師が私を追ってここまで来ることは……」
「十中八九、無いと思います」
もちろん、絶対に追ってこないとは言い切れない。
だから、私の知る中で最も見つかりにくいであろう、この場所を選んだのだ。
〈ロストナイン帝国〉の国境からは、この場所は見えない。
雑木林を挟んで存在する小さな盆地であるため、完全に死角となるのだ。
万が一敵がすぐ近くまで来ても、ここに隠れたセルフィスを見つけることは、まず不可能である。
「セルフィスさんには少し寂しい思いをさせてしまうかもしれませんが……どうか、ここにしばらく居てくれませんか?」
「それは、一人でここにいろ……ということですか?」
不安げに聞き返してくるセルフィス。
まるで捨てられた子犬のように寂しげな表情を見て、胸が締め付けられながらも「はい」と頷き返した。
「本当は共にいたいんですけどね。ロディやレイシアさん、それに大切な妹が、必死に戦っているんです。だから、一刻も早く加勢に向かわないと。貴方を救出することに加えて〈ウリーサ〉を攻め落とすことも、私に課せられた任務ですから」
「そう、ですか……」
セルフィスは、残念そうに俯く。
(だから、そんな悲しそうな顔をされても……)
その表情に耐えきれなくなって、私は勇気づけるように付け加えた。
「あぁ~、でも安心してください。直に、貴方を護衛する者達がここに到着するはずです。一〇分くらいの辛抱かと――」
「そうじゃないんです!」
語気強いことばに、私は一瞬気圧される。
「私は別に、一人になるのが寂しいわけじゃないんです」
「それじゃあ、一体……」
「私を……私も、その闘いに連れて行ってください!」
突然、セルフィスはそんなことを言って、ずいっと顔を乗り出してきた。
「え、あ……はい?」
私は、思わず呆気にとられてしまう。
そんな私に構わず、セルフィスはもう一度力強く言った。
「私も、カースさんと一緒に戦いたいです! 足手まといかもしれないけど、怪我をしたときの回復役としてなら、きっとお役に立てると思います!」
「ちょ、ちょっと……」
「ヘマは絶対にしません! 私、カースさんを守りたい……! 側にいたいんです!」
「ちょっと待ってくださいッ!」
思わず、怒鳴りつけるように言ってしまった。
そのせいで、セルフィスはビクリと肩を振るわし、縮こまってしまう。
二人の間を、しばし無言の時が流れた。
「……ご、ごめんなさい。拒絶するつもりじゃなかったんです」
私は、小さくため息をついて弁明をする。
セルフィスの目尻にほんの少しだけ、光る珠を見つけてしまったせいで。
私はどうしようもなく申し訳ない気持ちになった。
しかし、同時に拒絶せざるを得なかったのには、ちゃんとした理由がある。
それをわかってもらうべく、私はゆっくりと語り出した。




