第四章33 癒やしの御手
「傷口、痛みますか?」
傷口に乗せた葉っぱの上に手を添え、セルフィスが心配そうに私の方を覗き込んでくる。
「いえ、大丈夫ですよ?」
いや、実際は滅茶苦茶痛いんですけどね。
腕にコインくらいの大きさの風穴を開けられたのだ。痛くない方がどうかしてる。
「もう少しだけ我慢してくださいね? すぐに治しますから」
そう告げるとセルフィスは目を閉じ、瞑想を始める。
その表情は、手術台に立った主治医のように真剣で――
緊張で強ばった顔は、氷の彫刻のように美しく――
(身体だけ)女である私も、痛みすら忘れて思わず見とれてしまった。
「……始めます」
セルフィスは、厳かに告げる。
ゆっくりと開いた瞼の向こうから、宝石のように美しい碧色の瞳が現れ、真っ直ぐにこちらを見つめた。
「――《癒やし司りし女神よ、我が言葉に耳を傾け給え。汝の扶け、必要欠くべからざる刻なり》――」
その声に応じるようにして、セルフィスの手が淡く輝き出す。
温かな熱を持った光だ。
「――《此処に揃いしは一と一の粗品。即ち二つの生命。我が血肉と梢の欠片を以て、汝が役目を果たし給え》――」
光が強まり、夜を白く染め上げる。
まるで痛みを中和するかのように、温かさが傷口に溶け込んでいく感覚にとらわれた。
「――《救いの光を、安らぎを。彼の者に与え給え。今、汝の優しき御手を、歪な鼓動に添えし刻なり》――」
まるで祝詞を紡ぐかのような声が、不意に止んだ。
治癒魔術の詠唱が終わったのであろう。
その証拠に、傷口に痛みはない。
そっと葉っぱをどけると、腕に開いた穴は何事も無かったかのように塞がっていた。
「す、すごい……」
「ありがとう、ございます……」
セルフィスは薄く微笑んで――
次の瞬間、ぐらりとその身体が傾ぐ。
「ッ! セルフィスさんッ!?」
倒れるセルフィスへ咄嗟に手を伸ばし、横抱きに抱えた。
「どうしたんですか? しっかりしてください!」
「平気ですよ。ただ、この治癒魔術の行使には体力を使うので、少し疲れただけです……」
「そ、そうですか。……よかった」
私はホッと息をついた。
それでも、ただでさえ体調が万全でないセルフィスに、身体を酷使させてしまった後ろめたさはあるが。
「この治癒魔術。本当は、もっと詠唱を切り詰めることもできるんですよ? ただ、体力を消耗するので、今の私の状態ではとてもできなかったんです。だから……その分長くカースさんを苦しませてしまって……ごめんなさい」
セルフィスは申し訳なさそうに眉を歪める。
「そんな謝ることなんてないですよ! セルフィスさんがいなければ私、どうなっていたか……」
あまり想像したくないけれど、おそらく出血多量で血溜まりの中に沈んでいたことだろう。
「だから、気にしないでください!」
「そうですか。そう言っていただけると、あの地獄から解放してくださった恩を、返すことができたかもしれませんね……」
一瞬、セルフィスは苦々しい表情を浮かべ……
「あの地獄? 何のことです?」
「ッ!いえ、気にしないでください。こちらの話です」
その表情を不審に思った私が聞き返すと、慌てていつもの表情に戻った。
地獄という単語が指すのは、牢屋のことだろう。
しかし、どうにもそれだけでないような感じが否めない。
本当に、言葉が示すとおりの地獄を味わったような表情だった。
ただ――
(本人が気にしないでと言うなら、ここは聞くだけ野暮かな?)
私はそう判断し、聞きたいこととは別の単語を口にした。
「行きましょう。まだ追っ手が来るかも知れません。見つかる前に、早く安全なところへ……。えっと、立てます?」
「え? あ、少し無理そうです。足に力が入らなくて」
「わかりました。私の肩に掴まってください」
そう言って、私はセルフィスを抱き寄せる。
そのまま、お姫様だっこをする形でセルフィスを抱えた。
もちろん、本当は男の身体でこのシチュエーションをしたかったというのは秘密だ。




