第四章32 おっちょこちょいな王女様
「はぁ……ッ! はぁ……ッ!」
なんとか追っ手を撃退し終えた私は、荒い息を吐きながらその場に蹲った。
傷口からは、相変わらず心臓の鼓動に合わせて血がどくどくと溢れている。
このままでは……まずい。
「くっ……!」
ポケットからスカーフを取り出して傷口を押さえ、止血しようと試みる。
しかし、応急処置にすぎない。
出血を完全に止めるには、治癒魔術の使用が不可欠なのだが……残念ながら私は治癒魔術を扱えない。
レイシアから教わっていないのでは無く、根本的に行使できないのだ。
《珠玉法》では、攻撃用魔術しか扱わないからである。
より正確に言えば、治癒魔術は高度な技量や知識を必要とするため、《珠玉法》ではキャパオーバーになってしまうのだとか。
それ故に、王国でも治癒魔術を扱える者は限られていると聞いている。
何かいい方法はないものか?
さっきから考えているのだが、一向に良い打開策が見つからない。
そればかりか、出血多量で貧血を起こしているらしく、頭が回らなくなってきている。
そんな絶望的な状況に、文字通り光を授ける天使が側に居た。
「少し、待っていてください……」
後ろに控えていたセルフィスがよろめきながら立ち上がり、歩き出した。
「! 何処に行くんですか!? 貴方はまだ、歩くのもままならないというのに――ッ!」
「心配しないでください。それに今は、私よりもカースさんの方が重篤なんですから……ッ」
絞り出すようにそう言って、セルフィスは一歩、また一歩と進む。
「あ、あった! ありました」
十メートルほど進むと、何やら歓喜のこもった声色でセルフィスは呟いた。
それから身をかがめ、何かを拾い上げる。
「何があったんです?」
踵を返して戻って来るセルフィスに問う。
「えへへ、これです」
セルフィスは嬉しそうに、手にしているものを掲げて見せた。
それは――葉っぱだ。
何の変哲もない、一枚の葉っぱ。
こんなことを言ったら失礼かもしれないが……そんなもので一体何が出来るというのか?
「ふふっ。訝しむのも無理はないです」
私の心中を察したらしく、セルフィスは何処か愉しそうに微笑んだ。
「でも、これはとっても凄いマジックアイテムなんですよ?」
側まで寄って来ると、セルフィスは私の腕に葉っぱを置いた。
ひんやりとした感触が、肌に伝わる。
「この葉っぱは魔術触媒なんです。治癒魔術を使う時に、傷口にこれを添えるんですよ」
「治癒魔術……ですか?」
「はい」
「ということは、貴方は……?」
「はい、一応治癒魔術が扱えます。まあ、お母様ほどの腕は無いですけど……」
セルフィスは恥ずかしそうに応える。
しかし、謙遜するようなことではない。
治癒魔術が使えるというのは、それだけで誇れることなのだから。
ただ……
「あの、さっきから気になっているのですが……」
「? なんでしょうか」
「葉っぱは傷口に乗せるんですよね?」
「はい、そうですけど。何か問題が?」
「大変言いにくいんですが……怪我してる腕、反対側なんですが」
「ふぁい!?」
仰天して尻餅をついてしまうセルフィス。
「す、すいません! 暗闇でよく見えなかったもので……!」
ぺこぺこと頭を下げるセルフィスに「気にしないでください」と返す。
(もしかして、おっちょこちょいなのかな? さっきも、エメラルドと間違えて翡翠を取り出してたし)
なんとなく、このセルフィスという女性が掴めてきている。
そんな気がした。




