第四章30 脱出の時
「くッ! 痛ぅ!」
電気が身体をのたうち回る感触と共に、風穴が空いた箇所に激痛が走る。
鮮血が噴き出すのを止めようにも、もう片方の腕でセルフィスを抱いているため、止血もままならない。
「ひっ! だ、大丈夫ですか!?」
青ざめながら聞いてくるセルフィスに、「大丈夫です」なんて悠長に返していられる状況じゃない。
傷口を身体に押さえつけて止血の代わりにしながら、魔術師達の方を振り返る。
「逃がすな! 敵は手負いだ! 《削命法―結氷》ッ!」
「ああ! 《削命法―霹靂》ッ!」
魔術師達の右手に再び魔力が渦巻き、こちらを狙っているのがわかる。
石壁までは、まだ距離がある。
このままでは……確実に魔術の餌食になってしまう。
(早いとこ風の魔術で、石壁を飛び越えて逃げたいのに……ッ!)
重傷を負った腕を懐まで持ってくるのは、とてもできそうにない。
もう片方の腕も塞がっているし、あの方法しかない。
「セルフィスさん、頼みがあります!」
「なんでしょう?」
「私の懐からエメラルドを取り出して、前に投げてください!」
「え、えぇっ!?」
途端、ポッと頬を赤らめるセルフィス。
「む、むむ無理ですよ! 女性の胸は普通触るものではないと、お父様が……」
確かにそれはそうだけど、この場合は適用されないよ!
そもそも、懐に手を入れるのは間接的に胸を触ることであって、故意に触るわけでは無いのだからいいと思う。
「構いません! さ、早く手を入れてください!」
「で、でも……」
「国王様の言い分が正しいのは事実ですけど、この場合は触られる側の私が了承してるんで、大丈夫です!」
「そう、なんですね……なら、いいの……かな? あ~でもやっぱり恥ずかしいです。私、まだ心の準備が」
「何でもいいから、早く手を入れてください!」
てか何このやり取り!?
端から見たら私、何が何でも胸を触って欲しい変態さんじゃないか!
そんなやりとりをしている内に、魔術師達の右手に渦巻く魔力が雷や氷の槍を形成。
「喰らえッ!」
「引導を渡してやるッ!」
掛け声と共にブンッと腕を振り、魔術を放つ。
「このままじゃ、私達死んじゃいますよ!?」
「ッ!? わ、わかりました! ……ごめんなさいッ!」
セルフィスは意を決したように、私の胸元へ手を突っ込んだ。
がさごそと私の胸の奥を漁り、緑色の宝石を取り出した。
「あ、あった! ありましたよエメラルド!」
「ありがとうございます! ……って、それはエメラルドじゃなくて翡翠……」
「これを前に投げればいいんですね? えいっ!」
ぽーいと、絵に描いたような女の子投げでエメラルド――もとい翡翠を投げるセルフィス。
(ていうか、話は最後まで聞いてぇッ!)
心の中で絶叫する私。
しかし、もう一度エメラルドを探して貰う時間はない。
魔術師達の放った魔術は、もうすぐそこまで迫っているのだ。
(やむを得ないか!)
私は駆ける速度を緩めず、破れかぶれで呪文を唱えた。
「《珠玉法―翡翠・蔦葛》ッ!」
呪文を唱え終わる頃には、石壁のすぐ近く――翡翠の落ちた真上に到達しており。
同時に魔術が起動する。
まるで有名な童話のように、四本の蔦が絡まり合いながら、地面から突き立つ。
その先端に足を乗せて、私達は空中へと舞い上がり、石壁を乗り越えることに成功した。
すぐ真下で、狙いが逸れた魔術が悉く石壁に激突。凄まじい音を立てて、大穴が開いた。
着地した私はすぐさま振り返り、開いた大穴の向こうを見据える。
腕にも大穴が開いているけれど、気にしている暇は無い。
案の定、穴の向こうから魔術師達が追ってきたからである。




