第四章29 思わぬ接敵
「とにかく、これであと数分もしないうちに、本隊がここに攻め込むはずです。私達は、その隙に安全な場所まで逃げましょう」
私は、セルフィスに手を伸ばす。
迷い無くその手を取ったセルフィスをひっぱり上げて、先程と同じように彼女の身体を半ば横に抱く姿勢を取った。
「〈ディストピアス〉の正門を潜るのは危険なので、周囲の石壁を乗り越えて外に出ます。少し身体に負担がかかってしまうかもしれませんが、我慢できますね?」
「ええ、もちろんです」
そう答えた王女に頷き返し、私達は〈ディストピアス〉からの脱出へ向けて動き出した。
△▼△▼△▼
一〇分ほど通りを進むと、〈ディストピアス〉を囲う石壁の袂まで来た。
そこそこ大きな通りを歩いてきたのだが、魔術師はおろか住民の姿すら見えなかった。
おそらくこの異常事態で、皆家の中に避難しているに違いない。
そのお陰で、誰にも見つかることなくここまで来られたのではあるが。
「ここまで来たら、さっさと壁を乗り越えて脱出しちゃいましょう。私の腕にしっかり掴まって――」
ちゅどぉおおおおんッ!
突然派手な爆音がして、その方角を振り返る。
さして遠くない場所から、炎と煙が上がっている。
位置的に正門の方だ。
ということは、つまり――
(始まったんだ……)
図らずも、ゴクリと唾を飲み込んだ。
ロディ達の討ち入りが遂に始まったらしい。
今、魔術師達は大混乱に陥っているはずだ。
二人の侵入者を追っていると思っていた魔術師達が、実は一人しか追っていなかったことに気付き、同時に王女が助け出されてしまったことを知る。
その混乱に拍車をかけるように、ロディ率いる本隊が〈ディストピアス〉に流れ込んだのだ。
〈ウリーサ〉の魔術師達の指揮系統はズタズタ。烏合の衆と化していることだろう。
そんな状況で、密かに街の外へ脱出しようとしている私達を、〈ウリーサ〉の連中が見つけることなんて到底ムリ――
「今の爆発はなんだ! 正門の方から聞こえたぞ!」
「待て、道の真ん中に誰か居る! あれは……人質にしていた王国の王女じゃないか! となりの奴が逃がしたのか!?」
「次から次へと厄介ごとをッ!」
(いや見つかるんかい!)
私は心の中でツッコミを入れた。
どうやら、爆発音を聞いた数人の魔術師達が駆けつけたらしい。
最後の最後で発見されるとは。
しかも、厄介なことに〈契約奴隷〉まで引き連れている。
「くっ! しっかり掴まっててくださいよ!」
私はセルフィスを抱えたまま、石壁に向かって駆けだした。
「逃がすなッ! 《削命法―霹靂》ッ!」
紫電が音速を超える速さで肉薄する。
対して、人一人を抱えたままの私の動きは、どうしても緩慢になってしまう。
「えぇいッ!」
だが、気合いで身を捻ってなんとかその攻撃を回避することに成功。しかし、無理矢理回避したために、私の体勢は大きく崩れてしまう。
「《削命法―霹靂》ッ!」
そこへ、間髪入れずに飛んできた二発目の雷撃が容赦なく私を襲う。
体勢を崩した私が、それに対応することなどできようはずもなく。
ドスッ。
鈍い音を立てて、雷撃の槍が私の腕を貫通した。




