第四章28 電話ごしのハイテンション2
とにかく、ロディへの連絡は済んだ。
一〇分もしない内に本隊を引き連れて、この〈ディストピアス〉へなだれ込んでくることだろう。
その混乱に乗じてセルフィスを安全圏まで送り届けることが、次に私がするべきことである。
その後、セルフィスを置いて本隊と合流し、奇襲作戦に参加する手はずだ。
と、その前に……
(フィリアに連絡を入れないと……)
今なお〈ウリーサ〉の魔術師達の目を引きつけ、逃げ回っているであろう人物に思いを馳せる。
それから、通信機のボタンを二度押して耳に当てた。
『お~そ~いぃいいいッ!!』
繋がった途端、駄々をこねるかのような間延びした声が、スピーカーから飛び出してきた。
まるで、デートに遅刻した彼氏を叱りつける交際初日の彼女みたいだ。
『連絡くれるの遅すぎ! フィリア一人でむさっ苦しい男達を相手にするの、めちゃくちゃ疲れたんだから!』
「ごめんごめん。でも、それだけ元気が有り余ってるってことは、一応無事なんだね?」
『あったりまえよ! 天下無敵のフィリア様を、舐めて貰っちゃ困るんだよ!』
途端、通話ごしに鼻息の荒くなるフィリア。
お調子者でチョロいのは相変わらずだ。
『それよりおにいの方はどうなの? ちゃんと王女様を救出できたんだよね?』
「ばっちり。だから、魔術師達の前で盛大に種明かししてやりなよ」
『種明かしで鼻明かし?』
「そういうこと」
種明かしというのはズバリ、魔術師達がまんまと私の策略に騙されていることである。
二人の侵入者を追っていると勘違いしている魔術師達が、実は一人しか追っていなかったという事実に気付いたとき、どんな顔をするのか?
それが見られないのが、私としては少し残念だ。
『おっけー! じゃあ、ストーカー魔術師達をたっぷり驚かせちゃうよ!』
「うん。あ、それともう一つ。わかってると思うけど、もうじきロディ達が討ち入りを開始する。そしたらフィリアも、ロディ達の方に合流して。王女を安全な場所まで送り届けたら、私も急いで向かうから」
『わかった! 王女様と二人きりなのをいいことに、変なことしないでよ』
「するわけないでしょ!」
『ならいい。王女様なんかに、おにいを渡すわけにはいかないからね! じゃあねおにい、また後で』
通信が切れた後、すかさずため息をついた。
こんなところで百合の花を咲かせてたまるか。
咲かせるなら、この闘いが終わった後がいい。
まあ、前世では許されなかったそれが、この世界で通用すればの話ではあるのだが――
「聞き慣れない声でしたが、誰なのですか?」
黙って聞いていたセルフィスが、問いかけてくる。
「私の妹です。聞いての通り、いろいろ頭のネジが飛んでる子ですけど、腕っ節は立つので頼りにはなりますよ」
「そのようですね。話を聞く感じ、一人で敵と戦っていたようですし」
私は、内心ほっとしていた。
平常運転で失礼な物言いをするフィリアだから、てっきりセルフィスが気を悪くしているんじゃないかと思ったが、杞憂だったらしい。
「でも……「王女様なんか」なんて無礼なこと言っていましたし、お父様に言いつけてクビにした方がいいでしょうか」
――いややっぱり気にしてた!?
「いや~まあ、確かにしょっちゅう癇に障ることを言いますけど、アレで悪気はないんで!」
慌ててフィリアの肩を持つ私。
ふて腐れたように目を細めるセルフィスを、なんとか説得する。
ロディといいフィリアといい、私の周りにはクセの強い人間ばかりいる。
王女というやんごとない御身分の方を前にして、いつも通りのテンションを崩さないというのは、裏表が無いという意味では素晴らしいのかも知れないけど……
(そのツケを私に回すのは、勘弁して……)
心の中で、さめざめと涙を流す私なのであった。




