第四章26 百合の花が咲く頃に?
「さあ、行きましょう」
私は、牢屋の檻を開けながら告げる。
「あ、貴方……魔術を使えるのですか? さっき剣士と言っていましたが……」
セルフィスは目を丸くして、聞いてきた。
「あーいや、まあ。頼りになる教官殿から手取り足取り教えて貰ったので」
私の脳裏に、茶髪のツンデレ鬼教官の顔が一瞬浮かび――
「それより、早く出ましょう。ほら、掴まってください」
私は、セルフィスの方に手を差し出す。
「ありがとう、ございます」
セルフィスはそっと私の手を取る。
想像より低い体温が、掌をひやりと包む。
私の手を借りて立ち上がったセルフィスであったが、ぐらりと傾いでしまう。
私は慌ててその華奢な身体を支えた。
「大丈夫ですか?」
「ごめんなさい。ずっとこんな場所にいたものですから、身体が鈍ってしまっていたみたいで……」
セルフィスは申し訳なさげに、薄く微笑みかけてくる。
それから身体を立て直そうと、より一層私の腕を引きよせる。
ぴたりと身体と身体を密着させて、「これなら、転ぶこともないと思います」と言ってきた。
「ま、まあ……そうですね」
私は、なんとも気まずくなって目を逸らしながら答える。
近い。はっきり言って近すぎる。
腕にしがみついてくるのはフィリアの常套手段だから慣れていた筈なのに、ドキドキしてしまうとは。
流石、王女様々といったところか。
「あの、ひょっとして私、鬱陶しいですか?」
私の表情から何かを察したらしく、セルフィスは上目遣いで聞いてきた。
「いえ、そんなことないですよ? ただちょっと考え事をしてただけで」
「そうですか……よかった。あ、でもこれじゃ動き辛いですよね」
セルフィスは苦笑する。
そんな自嘲気味な表情ですら、可愛く映ってしまって……いやいや! 見とれてる場合じゃない!
このままでは、敵陣内部で女性と女性がちちくり合ってるとかいう、官能小説もビックリの超大胆展開になってしまう!
周囲に百合の花が咲いている幻覚を振り払うように、頭を左右に振る私。
そんな私を不思議そうに見つめていたセルフィスが、不意に口を開いた。
「そういえば、名前はなんて言うんですか?」
「えっと、カースです。カース=ロークス」
「カースさん……なんか、男みたいな名前ですね」
「あ、あはは。まあ、いろいろと事情がありまして」
テキトーに笑って誤魔化す。
男と女が入れ替わる身体なんて複雑怪奇で天変地異なことを、時間の限られた現状で説明している暇はない。
しかし、何故かセルフィスは食い下がってきた。
「事情? ひょっとして、女装しているとか?」
「してません! 正真正銘女性の身体です!」
そう言い切っていいのかは、自分でもわかんないけど。
そんなことを思っている私を尻目に、セルフィスは何やら安心したように息を吐いた。
(?)
その仕草の示す意味がわからず、私の頭には一瞬ハテナが浮かび――
(いや、今はここを出ることが先だ)
すぐに気持ちを切り替えて、セルフィスに告げる。
「行きましょう」
「はい」
かくして私は、セルフィスを半ば抱くような格好で、地下牢を出て歩き出した。




