第四章20 黒髪少女の違和感
《三人称視点》
「ええいッ! 《削命法―結氷―二連符》ッ」
リアンの右手に冷気が渦巻き、二つの氷柱が形成される。
リアンが一度右手を振るえば、それに応えるかのように、氷柱が少女達めがけて飛翔する。
触れれば即全身が血液まで凍り付き、絶命してしまうこと請け合いの攻撃。
だが、それすらも。
「よっ! ほいっ!」
奇妙な掛け声と共に、金髪の少女はいとも容易くそれを躱してしまう。
少女を捕らえ損ねた二つの氷柱は、路地の最奥へと吸い込まれていく。
(体術だけで魔術の二連射を躱すとは……ッ!)
自分が追っている敵がやってのけた想定外の行動に、リアンは舌を巻いていた。
(魔術を使って反撃してこないことから察するに、あの金髪娘は剣士だな? 王国騎士団にあんな逸材がいたとは……うん?)
リアンは、はるか前方で揺れる金髪を凝視して、あることを思い起こす。
(そうだ、金髪! 一週間ほど前に王国を強襲した時、国境付近で奮戦していたあの女剣士にそっくりじゃないかッ! まだ胸も成長しきっていない青臭い餓鬼だと思って舐めていたが、認識を改めねばならんようだな……ッ!)
リアンは、忌々しげに舌打ちする。
よくよく思い返せば、あのときも何だかんだで騎士長と肩を並べ、カモミールと殺り合っていた。
あのときは物珍しさに“王国は遂に年端もいかない女を戦力に引き入れるほど、追い詰められてしまった”などと思ってしまったが、それは大きな誤解だったようだ。
(だが、仕留めねばならん。帝国の威信にかけても、あの生意気な金髪を殺らねばならんのだ!)
心の中で奮起するリアン。
けれど、それとは別に気がかりなこともあった。
「そういえば、傍らにいる黒髪の女は、見たことがないな。新入りか……いやそんなことより、なんであの女は攻撃してこないんだ?」
リアンが抱いていた連中への違和感は、金髪少女の卓越した剣士としての能力だけではなく。
連れだって逃げている黒髪の少女が、反撃する素振りを一切見せないことであった。
まるで付属品のように、金髪少女の横を同じ速度で走るだけ。
意志が通っていないとも思えるような、そんな不自然さがある。
(まさか、〈契約奴隷〉なんて冗談を言うわけじゃあるまいな……?)
この機械じみた動きは、クスリで自我を失った彼らに瓜二つなのだ。
しかし、もしそうなら黒髪少女を触媒にして金髪少女が魔術攻撃を仕掛けてこなければおかしい。
それをしてこないということは、この仮説は間違っていることになる。
(ならばあの黒髪少女の奴は何なのだ? 腰に剣を佩いているから、あいつも剣士――)
そんなことを考えていたとき、ポケットに入れていたレシーバーが振動した。
何かの連絡らしい。
「何の用だ?」
レシーバーを耳に当て、リアンは言葉短くそう問うた。
『こちら第三小隊のユイン。予定ポイントにて第五小隊との合流が完了しました。迎撃の準備もできております!』
「よしわかった。このまま追い込む! そちらで逃走者を確認でき次第、一斉攻撃を仕掛けろ!」
『了解です! ご武運を』
「誰に向かって言っているッ」
半ば吐き捨てるように言って、リアンはポケットにレシーバーを戻した。
第三、第五小隊と連携して敵を挟み撃ちにする場所まで、残り数十メートル。
――十メートル。
――五メートル。
――0。
その時は、間髪入れずにやってきた。




