第四章18 フィリア☆じゃーんッ!
《三人称視点》
「いたぞ! こっちだッ!」
暗い路地を駆けながら、男は仲間に指示を飛ばす。
男の名はリアン。
ブロンドの短髪と黒い瞳の好青年といった雰囲気だが、その実態は〈ウリーサ〉の魔術師。
それも、十三個ある〈ウリーサ〉の魔術小隊の内、五個小隊をまとめあげる腕利きの大隊長だ。
そんな彼を主導に、魔術師達が必死で追っている相手は、二人の女性だ。
一人は金髪で小柄の少女剣士。そしてもう一人は、長い黒髪で同じく腰に剣を佩いた、金髪より少し年上の少女だ。
今、その二人は路地から路地へ風のような速さで踏破し、魔術師の追跡の手を逃れて走り回っていた。
脚に自信のあるリアンをして、後を追うのがやっとだ。
(くっ……あの二人が王女奪還のためにこの〈ディストピアス〉へ侵入したということは知っている。だが、さっきの妙なアレは一体何だ!? 何を企んでいる!?)
随分前を行く二人の人影を追いながら、リアンは数分前の出来事に思いを馳せる。
△▼△▼△▼
数分前。
場所は、〈ディストピアス〉の南西に位置する、〈ロストナイン帝国政府〉正門前。
そこに、リアンを筆頭として数多の魔術師達が集っていた。
「いいかお前達、よく聞け!」
リアンは、整列した魔術師達の前を行ったり来たりしながら、いつになく饒舌に語る。
「現在、我がロストナイン帝国の総本山たるこの場所に、二名の斥候らしき人物が侵入している。第一、第二小隊がその身柄を追っていたが、あえなく取り逃したとのことだ。更に、我が方の暗殺部隊も彼らの強襲に失敗。ことごとく返り討ちに遭ったとの情報も入っている」
瞬間、魔術師達の間に微かなどよめきが走った。
軍隊としての力量・勢力・統率力。
全ての能力において格下である〈トリッヒ王国〉のゴミ屑共にあしらわれている。
その事実に、魔術師達は少なからず驚愕を禁じ得なかった。
「直近の報告では、彼らの狙いは王女の奪還と推察される、という旨の話を聞いている。ここまで話せば、なぜ我々が帝国政府に集結したかわかるだろうが、あえて言おう。奴らは必ず地下の〈奴隷収容施設〉を狙ってやって来る。そこを我々で捕らえるのだ!」
「「「「はッ!」」」」
魔術師達は一斉に敬礼する。
それを見て取ったリアンは満足げに頷き、言葉を続ける。
「無論、彼らとて馬鹿ではない。そう簡単に、我々の前に姿を現してはくれないだろう。だが、血眼になって探すのだ! そして見つけろ! 鼠一匹たりとも逃がすんじゃ――」
そこまで言った、まさにそのときだった。
「ところがどっこいッ!」
声高らかに叫ぶ誰かの声が、頭上から聞こえた。
それと共に、二人の人影が近くの建物の屋上から身を投げる。
二人は空中でサーカス・ショーでもやっているかのように、クルクルと華麗に回転し。
スタッ。
リアンと魔術師達の目前に、足音軽く着地した。
「やあ! 呼ばれて、飛び出て、フィリア☆じゃーんッ!」
内一人、金髪の小柄な少女が何やらハイテンションでそんなことを宣っており――
「なっ! き、貴様らは!?」
その人物達を認識したリアンは驚愕のあまり目を見開く。
何せ、捕獲対象であるはずの二人の刺客が、よりにもよって自分から敵陣のど真ん中に突っ込んできたのだ。
彼らはきっと、隠密行動をしつつ王女を助けに来る。
そう当たり前の判断をしていたが故に、あまりにも予想の斜め上をぶっちぎる事態に、リアンは呆気にとられて硬直するしかなく――
「あっれ~? よく見たらお兄さん達、見た目がなんか物騒だね。もしかして、危ないカルト集団? なんだかスゴ~く怖いから、フィリア帰るね。それじゃ、ばいちゃ!」
金髪の少女はリアン達をおちょくるかのごとく言い捨てると、踵を返して黒髪の少女と共に走り去っていく。
「……ッ! お、追え! 追うのだ! 奴らを逃がしてはならんッ!」
我に返ったリアンは、矢継ぎ早に指示を飛ばした。
△▼△▼△▼
そして現在、リアンとその部下達は、路地を縦横無尽に逃げ回る二人の少女を追っているのである。




