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第一章5 上陸 トリッヒ王国首都、〈リースヴァレン〉

 湖の上を進むこと、およそ三時間。ようやく〈リースヴァレン〉の港に到着した。

 村を出た頃はまだ薄暗かったが、出発してから四時間以上も経っているため、太陽は東の空に燦然さんぜんと輝いている。

 水面はキラキラと乱反射らんはんしゃを繰り返し、眩しさにたまらず目を細めた。


 ボーッ!


 突然、腹の底を振るわせるほどの重い音がひびいた。何事かと、音がした方向に視線を向ければ、すぐ近くの水上を、巨大な蒸気船が滑っていくのが見えた。上甲板じょうかんぱんに木箱が重ねられていることからして、おそらく貨物船だろう。さらに視線を移すと、大小様々な船が湖に浮いているのが見て取れる。

 それは、港にある無数の桟橋さんばしも例外ではない。目前には、港を覆い尽くすほどの数の蒸気船じょうきせんが横並びに停泊している。

 なんというか。


「思ったより、大きな港街だね」

「当然! 〈リースヴァレン〉は〈トリッヒ王国〉の首都でしょ?」

「首都? 〈トリッヒ王国〉?」

「うん。もしかして、おにい知らないの?」

「え? いや、知ってるけどなんとなく聞き返しただけ」

「ふ~ん。なんか怪しいけど、おにいが知らないはずないもんね!」

「うん、そうそう!」


 いえ、知らないです。

 とはいえ、これ以上迂闊に聞いたら、いろいろと面倒くさいことになりかねない。

 ここは、フィリアに聞く以外の方法で、この世界の情報を得る必要がありそうだ。とりあえず、〈リースヴァレン〉に上陸することにしよう。


「フィリア、港に空いてる桟橋ない?」

「えーと、ちょっと待って」


 フィリアは筏の上に立ち、手で双眼鏡そうがんきょうを作って見回す。

 しばらくして、「あ、あったよ! 左の奥っ!」と嬉々(きき)として叫んだ。


「サンキュー。じゃあ、そこに接岸せつがんしようか」


 かくして、空いている桟橋に船を寄せ、僕達は目的の地に降り立った。


「着いたぁ!」

「うん、着いたね」


 う~んと伸びをして叫ぶフィリアに応じる。

 桟橋の上を進み、港の入り口へと向かう。


「ねぇ、おにい。王国騎士団ってどこにいるかな」

「王国って付くぐらいだから、王宮じゃない?」

「おー! さっすがー! 頭いい!」


 いや、誰でもわかるでしょ。


「というか、騎士団に入隊したのなら、騎士団側から正式な文書が来てるはずだよね。当事者じゃないからよくは知らないけど、◯◯の日に△△に集合とかって。普通そういうものでしょ?」


(高校の入学式とかもそうだったし)そう心の中でつけ足す。


「あー! それなら貰ったよ! ポーチに入れて持ってきた」

「用意がいいね」

「当然? フィリアは常に、先を読んで行動してるんだから!」


 この上なくウザい顔でフィリアは胸を張る。

「どの口が言ってるんだ?」とは流石に言えない僕であった。

 フィリアは腰に下げたポーチを開け、がさごそと中を漁る……が、不意にその手が止まった。


「……あれ?」

「どうしたの?」

「ない。どこにも入ってない。昨日の夜、ママに「入れておきなさいよ」って言われて確かに入れたはずなのに」

(用意周到なのは、やっぱお母さんの方だったか)


 この超級おバカ天然娘が、自発的に重要書類を持ってくるなど、おかしいと思った。


「あぁあああああああああああッ!」

「ッ!」


 突如、断末魔だんまつまのような叫びを上げたフィリア。僕はぎょっとして二、三歩後ずさった。驚いたのは当然僕だけじゃない。

 港で働いていた人達は、何事かと一斉いっせいにこちらを振り向く。すぐ近くで魚の入った箱を運んでいた人なんて、驚いた衝撃で足を滑らして転倒。頭から水と生魚をかぶってしまっていた。

 マジでごめんなさい。妹がご迷惑をおかけしました。

 もっとも、当の本人は周りのことなど気付かないとばかりに、頭を押さえてぎゃんぎゃん喚き立てている。


「な、なに? どうしたんだよ」

「思い出した。後で入れようと思って、机の上に置いたまま忘れてた」

「……なにその、宿題やってくるの忘れた中学生の言い訳みたいな理由は」


 心底呆れて、僕は盛大にため息をついた。


「じゃあ、どこに何時集合するのかもわかんないわけか」

「うん。出発してから見ればいいと思って、見てないんだ」


 全く、この子は。


(こんな杜撰で、よく王国騎士団みたいな戦士職に受かったなぁ)


 本当に、謎である。


「わかった。とにかく、王宮に向かおう。港にいてもらちがあかない」

「だね。案内よろしく、おにい」

「それはむしろフィリアにお願いしたいんだけど……」

「やだ、めんどくさい」


 にべもなく言い捨てるフィリア。


「まあ、言うと思ったよ」


 出会って一日。フィリアの我がままにも、だいぶ慣れてきた。


(でも、どうしようか)


 知りもしない街を歩き、王宮まで行く。それ自体は難しくない。コミュ障でも追い詰められればかたい口を開く。その辺にいる人を捕まえれば、王宮の位置なんて教えてくれるだろう。

 だが、そんな簡単なことが出来ない状況だ。

 〈フィリアの兄〉として転生している僕は、〈この街をよく知っている〉はずなのだ。

 つくづく兄としての記憶をちゃんと持ったまま転生したかったが、文句を垂れても詮無せんなきこと。


(フィリアにバレずに、王宮へ向かう手段を考えないと)


 無謀むぼうなことを思いつつ、港の出口にあるアーチをくぐろうとした……その時であった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公に兄の記憶がないのが良い味を出していると思います。主人公がこの性格なら、女と男、両方の性別を切り替えられるという設定も後々楽しみになってきます。 [一言] ここまで読みました。
[良い点] 以前にも感想を書かせて頂いたのですが相変わらずのコミカル具合ですごく和みました。 前世の抜けきらない女性感も相まってツッコミにキレがあって読んでて飽きないです。 ときたま現れるフィリアの憎…
[一言] 改めて読み返させて頂きました。 確か前回は感想を残してゆかなかった気がしますので。 おもちゃ箱をひっくり返したようなわちゃわちゃ感がとても読んでて楽しいです。 まだ途中までしか読んでないので…
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