第四章12 陥穽に嵌まる
大通りを炎と雷が包み込み、敵が足止めを喰っている間に路地裏に逃げ込んだ私達は、急ぎ足で路地を進む。
「追ってくるかな?」
上目遣いで心配そうに聞いてくるフィリアに、「たぶんね」と返す。
逃げ道はこの路地しかないのだ。
先程の攻撃で私達が押し負け、消滅したと勘違いする可能性も考えたけれど、なにぶん相手は殺しのプロだ。
そんな早計な判断はしないと思うから、十中八九この路地に逃げたと嗅ぎつけて、探しに来るだろう。
(それに……気になることがもう一つ)
この路地を見つけたとき、思わず天の助けだと思って逃げ込んだが――今思い返すと、これも敵の策略のような気がする。
私達を挟み込むつもりで、彼らが先回りをしたとなれば、逃げ道を無くすためにこの路地の入り口にも魔術師を配置して然るべきだ。
それをしなかったということは、つまり――
(意図的に誘い込まれた、かな……)
その可能性も、十二分にあり得る。
故に。
「フィリア、気をつけて……」
横を歩くフィリアに、そっと耳打ちする。
「なんで?」
「あくまで予想だけど、待ち伏せされてる――」
そこまで言った、その瞬間。
紫色の光が視界の端に映った。
その光は激しく帯電しており、高速で闇の向こうから飛翔する。
(くっ! やっぱり罠だった!)
気付くと同時に、私は剣を抜いた。
攻撃の正体は、おそらく雷撃の魔術。
対抗呪文を唱えている時間はない。
「えぇいッ!」
咄嗟に抜いた剣を盾代わりに、雷撃を弾く。
獲物を捕らえ損ねた雷閃は、明後日の方向に飛んでいき、近くの建物の壁に着弾した。
ガラガラと音を立てて崩れる壁を尻目に、攻撃が飛んできた方向を見やる。
すると、二十メートルほど先にある建物の屋上に、動く人影を見つけた。
仕留め損ねたことで、その場所から撤退している最中のようだ。
(あそこから狙撃されたのか)
たぶん、声を殺して呪文を詠唱していたのだろう。
罠が仕組まれているのではないかと、警戒していて助かった。
ほっと安堵の息を吐いたのも束の間。
「おにい! 上ッ!」
切羽詰まったようなフィリアの叫び声を聞いて、弾かれたように上を見上げる。
「なっ!」
私は、驚きのあまり目を見開いた。
十人近い魔術師達が、近くの建物の屋上から次々に飛び降りてきたのだ。
どうやら、あらかじめ潜んでいたらしい。
瞬く間に、前後左右を塞がれてしまった。
この細い路地だ。……逃げ場は、ない。
「フィリア、後ろ頼んだよ」
「任せて」
小声で指示を飛ばし、互いの背中を守るように構える。
この狭い路地で、複数人の魔術師を相手にするのは、少々分が悪い。
しかも、更に厄介なことが。
(この人達、暗殺専門の魔術師か……?)
私は、魔術師が左手に持っているものを一瞥して、そう分析する。
暗くて正確にはわからないけれど、何かの種か球根みたいだ。
〈契約奴隷〉として、生き物の代わりに声を出さない植物の種を触媒として使っているらしい。
あれでは魔術の威力は下がるだろうけど、素早く動けるはずだ。
対人戦に特化している《珠玉法》と似たようなものだろう。
(参ったな。でも……やるしかない)
つー、と一筋の汗が私の頬を伝って、地面に落ちる。
その瞬間、魔術師達が一斉に動いた。
 




