第四章11 必死の逃亡劇
狂い迫る霆めがけて、私は宝石を三つ投げた。
明滅する光を受け、宙を舞う三つのサファイアが、淡い水色の煌めきを放って――
瞬間、私は叫んだ。
「《珠玉法―蒼玉・水禍―三重奏》ッ!」
その呪文に応じて、三つのサファイアが弾ける。
溢れ出す水で分厚い水の壁を張り、雷撃を真正面から受け止めた。
鋭い雷閃が水の壁にぶつかる度、水が蒸発し、激しい音と水蒸気を上げる。
しかしながら、幾度となく迫り来る雷閃は水の壁に完全に足止めされて、こちらに到達できない。
雷は水の中で暴れ回り、水の壁を通り抜けて私達に攻撃を与えることができないのだろう。
ただ、電熱だけは無効化できずに水をどんどん蒸発させてしまう。
(まあ、防ぎきれる見込みはあるけどね:……)
私は、内心ほくそ笑む。
《珠玉法》は《削命法》に比べて威力が劣る。というのはレイシアから聞いた話だが、触媒として使用する宝石の数次第で、威力を変えられるという利点がある。
今私が起動した水の魔術に使った宝石の数は三つ。
おまけに、女性の方が男性よりも魔力量に秀でているという特徴があり、大抵女性の方が行使する魔術の威力が高くなる。
だからこそ〈ウリーサ〉の魔術師に、男が多いのが気になるのだが……今は僥倖と見る他無いだろう。
魔術法による威力の差が、少しでも埋めることができている現状に感謝しつつ。
「えぇえええいッ!」
私は、水の壁へ更に魔力を注ぐ。
強い魔力の通う水は魔術的強度を増し、雷撃を通させない。
このまま耐えきって、向こうが疲れて攻撃が弱まった隙に、反撃しよう。
そう考えていた、そのときだ。
「「「「《削命法―火炎》ッ!」」」」
突如、後方から複数人の詠唱が聞こえてきた。
「なっ!」
驚いて振り変えれば、追ってきた魔術師達が陣取っており、魔術を使う右手をこちらに向けている。
しまった。予想より、追いつかれるのが早かった。
考えられる可能性は二つ。
私が〈ウリーサ〉の追跡能力を実際より劣って認識していたか。
もしくは、女体化状態では筋力が乏しくて走るのが遅く、追っ手をあまり突き放せていなかったかのどちらかだ。
「まあ、後悔してる暇なんてないけどね!」
見れば、完成した炎の魔術が轟々(ごうごう)とうねりを上げて、肉薄してくる。
それを向かい撃つべく、懐から取り出した三つのダイヤモンドを後方に投げた。
「《珠玉法―金剛石・障壁―三重奏》ッ!」
刹那の内に、三重の結界が出現。
炎の大波をギリギリで受け止め、勢いをいなす。
なんとか生存空間を切り取ることに成功したのはいいのだけど――
(このままだと、マズイな)
額に浮いた脂汗をぬぐいながら、状況を分析する。
このまま二つの結界に魔力を注ぎ続ければ、先にバテてしまうのは確実に私の方だ。
そうなると、一気に押し切られてしまう。
雷撃と炎で調理され、丸焦げになってしまうことだろう。
(なんとか、この場を切り抜ける方法はないかな……?)
「ねぇ、おにい! あそこ見てよ!」
突然フィリアが声を上げ、バシバシと肩を叩いてくる。
「何? ……あっ、あれは!」
思わず声を上げる。
フィリアが示す先には――運良く路地があった。
攻撃が激しくて、大通りの周囲を確認している暇なんてなかったから、見落としていた。
でかした、妹よ!
「あそこに逃げ込もうよ、おにい!」
「そうだね!」
フィリアのファインプレーに感謝しつつ、私達は路地に逃げ込んだ。
それから、起動していた魔術を解除する。
急に枷を解かれた敵の攻撃は勢い余って荒れ狂い、つい先程まで居た大通りを激しく振るわせた。




