第四章7 闇の渦中で築く信頼
「私を殺しに来たのでないなら、なんのために会いに来たんですか?」
「助言をしに来たのですわ」
「助言?」
「はい」
テレサは深々と頷いてみせる。
「何の助言ですか?」
私の身体についてだろうか?
それならば願ってもないことだが、実際は予想の斜め上を行く返答をされた。
「貴方が探している、セルフィス王女の監禁場所をお教えしようかと」
「……は、はぃいいいいッ!?」
寝耳に水どころか、寝耳に熱湯をかけられた勢いで、素っ頓狂な声を上げてしまった。
仮にも〈ウリーサ〉を束ねるトップの人間が、敵に最重要機密を教えるとうのか?
一瞬だけ、敵に塩を送るという意味で言ったのかとも思ったが、それもすぐに有り得ないということがわかった。
セルフィス王女という盾を失えば、〈ロストナイン帝国〉の優位は少なからず崩れる。
敵に塩を送るために言うことなど、万に一つも有りはしない。
だとしたら……
「嘘の監禁場所を言って、私達を嵌めるつもりですか?」
考え得る限り一番ありそうな理由をひねり出し、テレサにぶつけた。
「やはりまだ信用していらっしゃらないようですわね。ワタクシ、悲しいですわ」
嘘っぽく目元を手で覆って見せるテレサに、「いやそもそも、私達敵同士ですからね!」と返す。
こんな見るからに嘘くさい助言を、鵜呑みにする方がおかしいというものだ。
「そんなに信用して欲しいなら、何故敵である私に、王女の監禁場所を教えてくれるのか、その理由を言ってくださいよ。じゃないと、納得できません」
「ふふ。それは言えませんわ」
「なんでですか!」
思わず声を荒らげてしまう。
理由が言えないのに信用して欲しいなんて、そうは問屋が卸さない。
曲がりなりにも、以前命を奪い合って戦った仲だ。
「なぜと言われましても……女性には、秘密がある方が魅力的ではありません?」
いや、そういう問題じゃないでしょうよ。
確かにミステリアスな女性は魅力的だけど、今求めている答えではない。
(本当に、この人は何を考えているのかな……?)
聞けば聞くほど、知りたいことから離れた返答をされる。
いい加減、疑問に思うだけ無駄な気がしてきた。
「まあ早い話、ワタクシを信用するかしないかは、カース様に任せますが……今から言うことはしっかり聞いておくことをおすすめしますわ」
「今から言うこと?」
「はい。貴方が探している王女の監禁場所は……〈ネグスト神殿〉の地下牢ですわ」
「え!?」
とすると、〈ロストナイン帝国政府〉の奴隷収容施設にはいないってこと?
もちろん、テレサが私を嵌めようとしていないなら、の話ではあるが。
もし彼女の言うことが本当なら、私はとんだ無駄足を踏むところだった。
「結論から言うと、ワタクシはこのことを伝えたいがために、貴方と接触したのですわ。今申し上げたとおり、信じるかどうかはお任せしますが……部下ではなく、このワタクシが直接助言を伝えに来た意味を、よく考えてくださいませ」
話はこれで終わりだ、と言わんばかりに踵を返して歩き出すテレサ。
その背中を見て私は、聞きたいことがあったのを思い出し、慌てて呼び止めた。
「なんでしょう?」
「テレサさんは、私の身体の呪いを、どうして知っているんですか?」
「そうですわね……」
何故か少し逡巡するように沈黙した後、ゆっくりと語った。
「この〈ロストナイン帝国〉をずっと東に向かった先に、〈リラスト帝国〉という大きな国があります。そこの宮廷占い師に聞けば、わかると思いますわ。貴方の身体の呪いと、ワタクシがそれを知るわけを……」
それを最後に、テレサは闇の中に溶け入るように消えてしまった。




