第四章6 古井戸のような瞳
「それで、ここに来た目的はなんです?」
大方予想は付いているが、私はあえてそう聞いた。
「私の侵入を察知して、それを止めるために来たんでしょう?」
「あら? そのようにお考えでしたの?」
テレサは、ふっと暗闇に映える唇を笑みの形に細める。
さながら淑女を思わせる柔和な微笑みなれど、古井戸のように淀んだ瞳の奥には混沌が渦巻いていて、彼女の心中がまるでわからない。
確証は持てないけれど、どうやら私の想像していることとは違うらしい。
私を敵として排除することが目的なら、先程から長々と会話などするはずもないし……
しかし、〈ウリーサ〉としては、私を消しておきたいはず……
堂々巡りで不信感を抱く私の前で、テレサは話を始めた。
「貴方の素敵な妹さんが門番を倒したことなら、ワタクシ達の方にとっくに知れています。今、ワタクシの部下が妹さんと貴方を、血眼になって探していることでしょう」
「ッ!」
私は思わず歯がみする。
やはり、こちらの侵入は割れていたらしい。テレサが現れたことからも、薄々わかってはいたが……こうなるとセルフィス王女の救出はかなり難儀なものとなる。
それ以前に、テレサが見逃してくれるとは到底思えないけれど。
「しかしまあ、貴方は妹さんに感謝しなくてはいけないですわ」
「はい? 感謝?」
言葉の前後が読めず、私は眉をひそめる。
私が、フィリアに感謝する?
散々足を引っ張ったあの子を怒るならわかるのだけど、感謝する理由はないはず。
そんな私の考えを察したかのように、テレサは話を続けた。
「妹さんが余計なことをしなければ、ワタクシは貴方がこの国に侵入していることを察知できなかった。……貴方の目的は大方予想が付いていますわ。ワタクシ達が〈トリッヒ王国〉の侵攻を許さない口実たる王女。その身柄の奪還。さしずめそんなところではないでしょうか?」
「……ッ!」
「図星のようですわね。でも、その目的と貴方の存在を察しして、いち早くワタクシが貴方の元に現れたのは、実に幸運なのです。もし貴方たちが王女の救出作戦を行っても、徒労に終わるか、部下達に殺されるかの二つに一つでしたでしょうから」
淡々と告げるテレサの言葉に、不信感は募る一方だ。
第一、
「その言い分だと、私を殺す気はないみたいですけど?」
「ええ、殺すつもりなんてありませんわ」
テレサは、何の躊躇いも含みもなく、そう言い切った。
まるで、昨日の夕飯の献立を言うかのような、軽い返答。
冷酷さと残忍さで知られる〈ウリーサ〉の長が、敵を目の前にして言う台詞とは思えない。
何か裏があると考えるべきなのだろう。
「まだ、警戒しているようですわね……」
テレサは、呆れたように小さくため息をついた。
当たり前だ。むしろ、より警戒する。
「本当にワタクシが貴方を殺すつもりならば、以前相対したときに殺しているはず。そうは思いませんか?」
「ッ!」
そう言われると、確かに。
以前、テレサの圧倒的な力に圧されて絶体絶命のピンチに追い込まれた。
レイシアを含めた全ての魔術師達が戦闘不能に追い込まれ、ギリギリで防衛に駆けつけた私も、ジリ貧な状況に立たされた。
あのとき、誰が見てもテレサの勝利は確定していた。
だと言うのに……あろうことか引き下がった。
私たちを殺し、王国の領土を奪い取ることが〈ウリーサ〉の……いや、〈ロストナイン帝国〉の目的のはず。
このテレサという女は、何を考えているのだろうか?
見かけも言動も、何もかもがミステリアスな人である。
「……わかりました。一応、殺すつもりでないことは、信じます」
「うふふ、感謝いたしますわ。他の方との会話は、まず信頼を築くことが大切ですものね」
(信頼、ね……)
信頼を築きたいのならば、もっと心中や身の上を明かすべきではないだろうか?
そう考えた私は、質問をするべく口を開いた。




