第四章5 テレサ、恋の病!?
まずい、まずいまずいマズイマズイッ!
心臓が、ぎゅりぎゅりと絞られるように悲鳴を上げる。
私は、驚きのあまり金縛りにあったかのように身動きが出来なかった。
そんな私の視線の先には、悠々と佇むテレサの姿。
この状況を楽しんでいるかのように、薄ら寒い笑みを浮かべる彼女の姿に、冷や汗を禁じ得なかった。
(ど、どうして……彼女がここに!?)
まさか、こんなに早く敵に見つかるとは思わなかった。しかも発見したのが、よりによって〈ウリーサ〉の外道魔術師達のトップに君臨するテレサ=コフィンだとは。
さっきから貧乏くじを引きすぎではなかろうか?
「うふふ。そう警戒しないでくださいな、カース様……いえ、今はカースお嬢様と呼んだ方がよろしいかしら?」
「いえカース様でお願いします」
女の身体でもお嬢様とは言われたくない。フィリアに「おねえ」と言って欲しくなかったのと、同じ理由だ。
そして、喰い気味に返答した私はあることに気付く。
「あの、どうして私がカースだってわかったんです?」
私は、警戒したまま恐る恐る問うた。
テレサと出会ったのは私が男の身体の時であり、女の状態の私を見せたことがないのだ。
そもそも今回のセルフィス王女救出作戦に私が選ばれたのも、敵に女体化カースの存在が割れていないからという理由もある。
だというのに……テレサはいとも容易く正体を看破して見せた。
流石、〈ウリーサ〉の総長様の肩書きは伊達ではない。
……まあ、感心している場合ではないのだけど。
「うふふ。そんなの、簡単なことですわ」
テレサは見かけだけ上品に笑ってみせ、ねっとりとした声色で説明を始めた。
「魔術的な視覚で見れば、すぐにわかりますわ。貴方の体内に流れる魔力の量は女性の身体になったことで増加しましたが、根本的な魔力の波長は変わりません。それに、以前申し上げたはずですわ。貴方には呪縛がかけられているのだと……」
(そう言われれば……)
――「……はて? このワタクシ、テレサ=コフィンに釣り合いそうな、素敵な殿方が現れて不覚にもときめいてしまいましたが……魔術的心眼で見れば、どうやら殿方ではなさそうですわね」――
――「いえ、貴方の名前が呪縛というのは、なんとも言い得て妙だと思っただけですわ。嗚呼、なんて数奇な運命かしら」――
テレサと相対したあの夜、確かに意味深なことを口走っていた。
状況から察するに。
「貴方、私が性別の変わる身体であることを、知っていましたね?」
「ええ、その通りですわ」
テレサはクスっと悪戯っぽく笑い、話を続ける。
「ある単語を条件に、性別の変わる身体であることは、最初に貴方とお会いしたときから看破しておりましたわ。ひた隠しにするには、あまりにも貴方の魂に食い込んだ呪いが強すぎるんですもの」
「ある単語を条件に? ってことは、やっぱり任意で肉体性別の変更が可能ってことですか」
「あら、まだ気付いていませんでしたか?」
「なんなのです? その、ある単語って」
「それは秘密にしておきますわ。ご自分で見つけた方が、面白いでしょう?」
「は、はぁ」
テレサの考えていることはよくわからないが、一つだけはっきりしたことがある。
この人、私の身体について何か知っている……?
「私の身体について、何を知っているのですか?」それを聞く前に、テレサが口を開いた。
「そんなことよりも……」
声のトーンが、先程より下がっている。
周りの空気が急速に張り詰めていくのを感じて、私の心臓がまた大きく波打ち始めた。
「あなた、先程から酷く動揺しておりますわね」
「!」
「魔力の流れが不規則ですもの。何かとても緊張しているよう……」
緊張しているに決まってる。
敵のトップと一対一で対面しているのだ。この状況で、緊張しないわけがない。
「余程ワタクシの美貌に心を打たれているようですわね」
「……へ?」
拍子抜けしてしまった私の前で、テレサは豊かな胸の下で腕を交差させ、自身の身体を抱きしめながら身悶えする。
「このワタクシを前にして心臓が高まるのは当然。貴方のような素敵な方に惚れられるならワタクシも本望というもの。嗚呼でも欲を言えば、殿方の状態で、私の肢体を存分に眺めて欲しかったですわ。その方がワタクシも昂ぶって、気持ちを抑えられなくなってしまいますし――」
「……。」
なんというか、緊張するだけバカらしかったようだ。
何かいろいろと勘違いして一人で盛り上がっているテレサを前に、私は呆れてため息をついた。




