第四章2 新しきスキル
一本道を進むことおよそ一時間。
〈ロストナイン帝国〉の首都、〈ディストピアス〉の入り口にあたる、巨大な門の近くまで来た。
事前にロディ達から聞いていたのだが、〈ディストピアス〉は、周りを村や野原に囲まれた大きな都市らしい。
首都が総人口の実に九割を占め、国の役割の殆どを首都だけで賄っている、自立型の要塞都市と聞かされていたが――
(なるほどね)
私は、〈ディストピアス〉を外から眺めて、一人頷いていた。
街を囲うように、高さ十数メートルはあろうかという石壁がそそり立っているのだ。私のいる場所から見る限り、入り口は一本道に続く門だけだ。
しかも、その門の前には門番らしき人影があり、侵入者がいないか目を光らせている。
要塞都市というのも、言い得て妙だ。
これは、侵入するのに、かなり骨が折れそうだ。
――今までの私であれば、だけど。
(アレを試してみようかな)
私は、懐から一つの宝石を取り出した。
街の明かりにかざせば黄金色に透き通るそれは、琥珀。
その煌めきの中に魔力を溜め、私は先日覚えたばかりの呪文を唱えた。
「《珠玉法―琥珀・光輝》」
すると、私を包む空気がぐにゃりと歪んだ。
私の目には、景色が水に沈んだようにゆらゆらと蠢いて見えているのだが、外からはまた違うように見えているはずだ。
いや、見えていないと言う方が正しいかもしれない。
今起動したような光の魔術は、攻撃の他にも幻影を造り出し、文字通り幻を見せることができる万能な魔術である。魔力を上手くコントロールできれば、人物の身体に背景を投影し、まるでそこに誰も居ないかのように見せることも可能だ。
要するに何が言いたいかというと、今私は自身の身体に背景を投影し、まるで透明人間のようになっているのだ。
魔術的な死角を用いない限り、誰にも私の姿を捉えることはできない。
光の魔術はその万能さ故に、重宝されがち……と思ったのだけれど、レイシア曰くそうでもないらしい。
光の魔術を攻撃に転用するにしても殺傷能力は雷撃の魔術に大きく劣り、使う場面は殆どない。特に、魔術単体の威力が《削命法》に劣る《珠玉法》では尚更のこと。
加えて幻影を造り出すのはかなり難度の高い技であり、並大抵の魔術師ではできないのだとか。
―「ある程度の位階がある者は、皆使える魔術ですわ。覚えておいた方が宜しいかと」―
以前テレサもそのようなことを言っていたから、やはり見込みのある者しか習得できないようだ。
つまり……そのような高難度の魔術をたった三日でものにした私ってすごい!
まあともかく、これなら、門番に気付かれることなく街の中に侵入できるというものだ。
(精々、お仕事頑張ってくださいね~)
周りから私の姿が見えないのをいいことに、門番の横を通り過ぎるとき手を振って、悠々と門番の横を通って街に入った。
(……さて、もういいかな?)
街に入ってからしばらく歩いて門からだいぶ離れたので、私は光の魔術を解いた。
とたん、今までぐにゃぐにゃと歪んでいた景色が、あるべき形を取り戻す。
「うわぁ、凄い」
目の前に広がる光景を目にした私は、思わず感嘆の声を上げた。
私が今歩いているのは、おそらくこの都市のメインストリートであろう通りだ。それほどまでに幅が広く、多くの人々が往来している。
通りの端には幾つもの住居や商店が軒を連ね、オレンジ色の明かりを灯して左右から大通りを照らしている。
ひっきりなしに脇を取り過ぎる人。商店で買い物をする人。通りの真ん中で遊ぶ子供。
誰も彼もが皆楽しそうに笑っており、談笑に花を咲かせている者も多い。
さながら、お祭りなんじゃないかと思えるくらい活気に溢れた街を見て、私は一人気後れしてしまっていた。
(なんか、あの恐ろしい魔術結社がある国の様子とは、とても思えないな)
もっとどんよりとした雰囲気の街だと思っていたけれど、全くの正反対だった。
想像や先入観だけでものを判断してはいけないとよく言うが、なるほど確かに。
そんなことを思いながら、歩き出した――そのときだった。
突然、後ろから声をかけられた。




