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第四章1 日没の黎明

 日が沈む。

 西日が徐々に山の稜線りょうせんに姿を隠し、オレンジ色の空が藍色へと変わって行く。

 私たちが居る鬱蒼とした森は、徐々に暗闇に包まれ、静謐せいひつを宿しはじめる。


「……そろそろだな、カース」

「うん」


 ロディの言葉に頷いて返す。

 すぐ側まで来ている夜の気配に、自然と緊張が走る。


「わかっているだろうが、貴様」


 不意に、レイシアがぽんぽんと肩を叩いてくる。


「貴様はこの作戦のかなめなんだ。だから、その……必ず帰ってくるのだぞ」

「もちろんです。だけど、なんでそっぽを向いて話すんです?」

「ッ! う、う五月蠅うるさい!」


 とたん、カーッと顔が赤くなっていくレイシアを見て、私は頸を傾げる。

 そんなに恥ずかしがることを、言っているわけではないと思うんだけど……

 

(ああ、そうか。他人を気遣うのに慣れてないだけか……)


 少し考えてから納得した私のもう片方の肩に、また別の手が乗せられる。

 振り向けば、フィリアがいつも通りの無邪気な笑顔を向けて立っていた。

 

「おにい、気をつけていこう?」

「う、うん」


 ……うん?

 フィリアの言葉が少し引っかかった。

 気をつけていこう? 気をつけて行ってらっしゃいの間違いじゃないの?

 「どういう意味?」と問い返そうとしたが、その前にロディに話しかけられた。

 そのせいで、一瞬口に出しかけていた言葉を引っ込めてしまった。


「見送りは要らねぇか? 雑木林の入り口くらいまでなら、一緒に行ってやるぜ?」

「いや、大丈夫だよ。ここで見送ってくれれば」

「そうか、わかった。フィリアもレイシアも言っていたが、本当に気をつけて行けよ? お前もわかっているだろうが、王女殿下がかくまわれている場所が定かでない中で、敵の心臓部に突入するんだ。はっきり言って、かなり賭けに近い作戦だ。最悪、成功しなくてもいいから、必ず帰ってこい」

「ああ、ロディの言うとおりだ」


レイシアも、ロディの意見に同調して続ける。


「情けない話、テレサと戦う上でも、貴様がいなければどうにもならない。貴様が死ねば、それだけこちらが不利になるからな。死ぬんじゃないぞ」

「はい。約束します」


 私は、力強く頷いてみせる。

 死ぬ気なんて毛頭無い。まだこの世界でやりたいことがいっぱいあるのだ。

 前世でできなかった女の子との恋を目一杯楽しみたいし、その上で厄介に過ぎるこの身体の謎も解いておきたい。

 セルフィス王女を華麗に救い出して、惚れられたい。

 そういったことが叶うまで、私は敗れるわけにはいかないのである。


「それから、肝心のこいつを持って行け」


 ロディは懐をがさごそとまさぐり、中から小さな四角い機械を取りだした。

 受け取ってまじまじと眺めると、何やらボタンやスピーカーのようなものが付いている。


「なんなの、これ?」

「長距離通信用の小型レシーバーさ。王女殿下の救出が成功したら、隙を見てこちらに連絡を入れてくれ。その連絡次第で、本隊も動くことになってる」

「わかった」

 

 私は、受け取ったレシーバーをポケットの奥深くにしまった。

 それから、ふと空を見上げる。

 天井に広がる木々の葉っぱや枝の隙間から、僅かに見える空の色は……深い紺色だ。

 おそらく、丁度夕日が完全に地面の下に隠れた頃だろう。

 作戦開始を告げる合図である。


「それじゃあ、行ってくるよ」

「おう」

「ああ」


 神妙な面持ちで返事をするロディとレイシアに見送られ、私は本隊から一人抜け出した。

 

 雑木林を抜けると、長く続く一本道に出た。

 周りは見渡す限りの大草原。背丈の低い草花が、夜風に吹かれてまるで海のようにざわざわと波打つ様子は、なんとも素朴で美しい。

 ……なんて、風情を感じている暇はない。


「さてと、頑張りますか!」


 私は両方のほおをパンパンと叩いて気合いを入れ、一本道の奥を見据える。

 うっすらと蛍火のようにキラキラと光っているのは、おそらく〈ロストナイン帝国〉の首都である、〈ディストピアス〉の街の明かりだろう。

 あの中に〈ウリーサ〉を従える帝国政府があり、そして囚われの王女様がいるのだ。

 

「待っててくださいね、王女様!」


 私はちょっとカッコいい台詞を呟いて、一本道を力強く歩き出した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 54話時点でやりたいことが盛りだくさんなのを見ると、最初に目的を提示しておいたのは効果的に思えますね!!! [気になる点] レシーバーが突然出てきましたけど、どんな動力で動いているんだ!?…
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