第三章12 夜を待つ
「《珠玉法―紫水晶・霹靂》」
呪文を口にした瞬間、アメジストの輝きが一層増し、細長い一条の雷閃が生まれる。
稲妻の中に流れる自分の魔力をすかさず操り、レイシアめがけて飛ばした。
「ほう? 狙いは悪くないな」
レイシアは自身に肉薄する雷閃を満足げに見つめ、次の瞬間。ひょいと身軽にその場から飛び退いた。
その横を、雷閃が鋭く掠めて過ぎ去ってゆく。
「狙いは悪くないが、制御はイマイチのようだな? 対象が避けても、すぐさまその動きに対応できねば、敵を捕らえることなどできんぞ?」
「くっ!」
私は、明後日の方向に飛んでいった雷閃を操り、一八〇度向きを反転させる。戻ってきた雷閃は高速でレイシアの背後から迫り、今度こそレイシアを捕らえる――
「ふん」
――かに見えたが、直撃する寸前、まるで見切っているかのようにヒラリと躱すレイシア。
二回も標的を捕らえ損ねた雷閃は地面に激突して、消滅した。
「す、凄い……」
「この程度、朝飯前だ」
レイシアは誇る様子を一部も見せずに言い放ち、新しいアメジストを取り出す。
「そんなことより貴様、やはり身体から離れた魔力のコントロールが甘いぞ。この三日間で、咄嗟に魔術の軌道方向を変えられるよう、更に厳しい特訓をする。覚悟はいいな?」
「覚悟なんてなくても、やらされるんでしょう?」
「ふっ。よくわかっているではないか」
レイシアはニヤリと笑って、アメジストを私の方に放った。
「さあ、特訓再開だ。次はもっと余の動きを見極めて、その動きに対応できるようにするのだ」
「はい!」
私は力強く頷いて、アメジストに魔力を込める。
「《珠玉法―紫水晶・霹靂》」
私の手に握られたアメジストが弾け、蛇のようにのたうち回る霹靂と化して、レイシアめがけて飛んでゆく。
「ふっ。来い!」
その攻撃を、レイシアはどこか愉しそうに見据えており――
だだっ広い闘技庭園に、人知れず雷の轟く音が幾度となく木霊した。
△▼△▼△▼
あっという間に、準備として設けた三日間が過ぎた。
レイシア主導で行われる魔術の短期習得特訓は、当初予定していた通り、その全ての日を費やした。
ただ一つ予定していたことと違っていたのは、レイシアがちゃんと眠る時間は取ってくれたということだ(それでも一日あたり三時間くらいではあるが)。
本人曰く、「貴様の魔術の習得が想定していたより早くて、睡眠時間くらい設けても問題ないと判断したまでだ」と言っていたが……魔術の習得が早くなくても、おそらくちゃんと睡眠時間はくれた気がする。
まだ出会って日は浅いけれど、私にはわかる。
レイシアとはそういう人だ。
それで、肝心の特訓の成果は如何ほどか、ということだが……それを語るのは闘い本番までとっておくとしよう。
――そして来る討ち入りの日。
明朝、王宮魔術師団と王国騎士団の合同部隊は、王国を発った。
帝国との国境であるネイガ山脈を迂回し、帝国の南側へ侵入。
そこに広がる深い雑木林の中に身を潜める。
この場所で、ロディとレイシアが指揮する本隊は待機するのだ。
私はというと、夕日が地平線に沈むのと同時に、一人ロストナイン帝国政府へと乗り込む手はずである。
セルフィス王女を救出し、〈ウリーサ〉内部に混乱を招くために。
王女の救出が成功すると同時に、混乱に乗じてこの場所で待機している本隊が一斉に奇襲をかけ、〈ウリーサ〉を壊滅させるという流れだ。
まさに一世一代の大勝負である。
鬱蒼と生い茂る木々の葉が陽光を遮り、まるで夜のような静寂に包まれている森の中だが……まだ日は高い。
来る作戦開始の夕暮れを待つ私の頬を、緊張の汗が伝って流れ落ちた。
夕暮れは、近いようで遠いのだろうか?
これにて第三章は完結です。
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第四章は、いよいよ敵国内部への潜入です!
次々と起こる想定外のトラブルと出会いに、乞うご期待!!




