第三章11 本音を望んで
「何故目を逸らす?」
「い、いえ……それは、その……」
私はできるだけレイシアと目を合わせないようにして、しどろもどろに答える。
「その? なんだ?」
「ご自分の姿をご覧になればわかると思います……」
私は、逸らした目をまた一瞬だけレイシアの方に向けた。
頭から水を被り、髪の毛や服の裾からは雫が垂れている。それは別にいいのだ。
問題は、ローブの下に着込んだシャツが、ぴったりとレイシアの身体にくっつき、その優美な身体のラインを強調している。しかもシャツが薄いせいで、下着や雪のように白い肌が透けてしまっており……つまるところ、非常に目のやり場に困る状態なのである。
(は、はやくその身体を、ローブとかで隠してくれないかなぁ)
だが、内心ドギマギしている私とは裏腹に、レイシアは落ち着き払って答えた。
「ああ、確かに見方によってはあられもない姿だな」
「そうですよ。だから――」
「別に構わぬ。貴様は今女なのだろ?」
「たしかにそうですけど、でも……(たぶん心は男の子です)」
前世の身体は女の子で、心は男の子。転生したら性別が変わる身体で、心は男の子。
……あれ? 私、真っ当な恋ができるのかな?
けろっとしたような顔のレイシアのてまえ、私は心の中でさめざめと涙を流す。
「まあ、気にするな。今日は天気も良いし、そのうち乾く」
「は、はぁ」
しばらく暴れる心臓を落ち着けながら、魔術の訓練をすることになりそうだ。
△▼△▼△▼
「――だいぶ慣れたようだな?」
「はい!」
私は、水の魔術を難なく操りながら答える。
あれから数時間、自身の体内に流れるマナを触媒に移し、起動した魔術を操るという訓練をみっちり行った。
水の魔術しかまだ行使していないが……十分に慣れたと言えよう。
少なくとも、ミスをして魔術のコントロールを失うなどということはなくなった。
「よろしい。では本格的に殺傷能力の高い魔術で訓練をするぞ?」
「わかりました」
私は水の魔術の操作を切り、歩み寄ってきたレイシアから新たな宝石を受け取った。
「これは?」
「アメジスト。雷撃の魔術を使用するときの専用触媒だ」
「雷ですか」
「そうだ。これまでの水の魔術とは違い、失敗すれば最悪死ぬ。暴発を起こさぬよう十分に気をつけて、魔力を操作するのだ。わかったな?」
「ッ! は、はい!」
「死」という言葉に多少怖じ気づいたが、ビビってばかりはいられない。
魔術を習ってこの国を〈ウリーサ〉の魔の手から守らねばならない。
……まあ、本音は魔術を使って例の王女を華麗に救い出し、「きゃ~ステキ♡ 惚れちゃうわ♡」という圧倒的正義の味方ムーブをしたいだけ……なのだが。
よくよく考えると王女の救出は隠密作戦だし、魔術を使って王女を守るシチュエーションはまず来ないはず。しかも、それを差し置いて最も大きな問題が一つある。
今の私は、女だ。
もちろん、女戦士が囚われのお姫様を救い出すという展開も、それはそれで有りだとは思うが。
なんというか……望んでいる展開じゃない。
どのみちやることは決まっているので、文句を言っても仕方ないんだけど。
「準備はいいか?」
数メートルの間隔を空けて立つレイシアにそう聞かれ、「大丈夫です」と答える。
「魔術の起動後は、余を狙って雷を操作するのだ」
「え? レイシアさんを、ですか?」
「そうだ。全力でやって構わんぞ」
「わかりました。ちゃんと避けてくださいよ?」
「案ずるな。言われなくても避ける。そんなことより貴様は、自分のことにだけ専念しろ。三日後までには、魔術の操作を完璧に仕上げなければならんのだからな」
「は、はい」
レイシアがそう言うのだから、胸を借りることにしよう。
私は手に持った紫色の宝石に魔力を封じ込め、空中に放り投げる。
それと同時に、呪文を叫んだ。




