第三章10 寛大な鬼教官
言われたとおりに、目を閉じて背中に意識を集中してみる。
すると、微かに生命力のような温かい何かが、背筋を駆け上っているのを感じた。
(これが、魔力ってやつかな……?)
わからないけれど、なんとなくそうだと思った。何か、命と切っては切れないような、言葉に出来ない不思議な力を温かさの中に感じるのだ。
「どうだ? ぼちぼち魔力を感じ取れたか?」
「ええ。たぶん」
「そうか。ならば次の段階だ。体内の魔力の流れを見失わずに、手に持った宝石の方まで意識を移せ。ゆっくりでいい」
「は、はい」
言われたとおり背筋に走る微かな熱を辿って、肩から腕へ、腕から指先へ。
魔力の流れを感じながら、慎重に手に握った宝石に意識を移した。
「できました。上手くいっていると、いいんですけど」
「そうだな。まあ、失敗しても気にするな。万が一起動時に暴発しても、水の魔術で大怪我を負うことはあるまい……が、念のため余が確認してやろう」
そう言って、レイシアは歩いてくる。
私の目の前まで来ると、掌に載せられたサファイアに、指先を触れた。
それから目を閉じ、まるで何かを探るかのように眉間に皺を寄せ、沈黙を貫く。
やがて、なにか納得したらしく、満足げな表情で目を開いた。
「上出来だ。しっかり魔力が宝石内に通っている。あとは決まった呪文を言えば、魔術が起動するはずだ」
「じゃあ、試してみます」
レイシアのお墨付きも貰えたことだし、早速やってみる。
私は手に持ったサファイアを空に向かって投げ、空中に浮いている内に呪文を唱えてみた。
「《珠玉法―蒼玉・水禍》」
刹那、サファイアが涼やかな音を立てて弾け、水が溢れ出した。溢れ出した水は重力に導かれ、滝のように地面に向かって落ちていく。ここまでは、一度目にレイシアが見せてくれたときと全く同じだ。ただ一つ、違うことがあるとすれば、それは――
(何だろうこの感じ……あの水の中に、私がいるみたい……)
否、それは少し的外れかも知れない。
どちらかというと、あの水が自分の身体の一部となったような不自然さだ。
私の魔力を得た水であるから、身体の一部という表現も、あながち間違いでは無いのかも。
(だったら……!)
私は、先程レイシアがしていたことを思い出し、指先を落ちてゆく水の塊に向ける。
それから、水の中に混じる魔力の流れを素早く感じ取り、すかさず指を左方向に向けた。
するとどうだろう。指の動きに合わせて、水が左に曲がったではないか!
「ほう?」
それを見て取ったレイシアは、口の端を吊り上げて笑みを浮かべた。
いかにも、「なかなか、やるではないか」とでも言いたげな表情だ。
水が私の思い通りに動いてくれることを知って、なんだか楽しくなってしまった私は、調子に乗って更に指を動かす。
上、下、右、左。くるりと回ってまた左右。
さながらペットのように従順な水が可愛くて集中が途切れ、私はうっかり魔力の動きを捕らえ損ねてしまった。
「あ! しまった!」
声を上げた時にはもう遅い。
コントロールを失った水は垂直に落下。真下にいたレイシアに直撃し、レイシアは瞬く間に濡れ鼠と化した。
「き、貴様……」
「すいません!」
腕を組んでこちらを睨んでくるレイシアの元へ駆け寄り、全力で頭を下げる。
「まったく、魔術を行使している間は常に魔力の流れに意識を集中させるのだ。でなければ最悪、予期せぬ暴発を生むぞ?」
「は、はい……気をつけます」
「……といっても、今回は初めてだから、多少は大目に見てやる」
「ッ! あ、ありがとうございます」
これほどの狼藉を働いても許してくれる寛大な鬼教官殿に感謝の意を示す。
寛大な鬼教官とかいう矛盾の塊のような言葉だが、レイシアにはぴったりなような気もする。
その寛大な鬼教官殿に許しを貰った私は、顔を上げた。
そして、目の前にいるレイシアの姿を見て――すぐに目を逸らした。




