第三章9 魔術の特訓
結局、その日は女の身体のまま作戦会議を終えた。
王女救出及び〈ウリーサ〉への奇襲作戦の決行は、四日後。
即ち、私が三日間魔術を習得する訓練に励んだその次の日には、もう討ち入りするということだ。
この日程を提案したレイシア曰く「魔術の習得を早く終わらせれば、四日目の討ち入りまで十分休める時間はあるだろう?」とのこと。
やはり、レイシアの鬼教官ぶりには吐き気がす……頭が上がらない。
女の子の状態だと、不眠不休はお肌に悪いんじゃないかと思うけど、レイシアに問答無用でしごかれるはずだ。
まあ兎に角。魔術を習得してテレサ達と戦う上でも、またセルフィス王女を助ける上でも、私の存在が鍵となるに違いない。
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「さて、時間が無いからとっとと始めるぞ」
「え、ええ」
翌日の昼下がり。私とレイシアは、王宮の横にある巨大な闘技庭園に赴いていた。
闘技庭園は、直径五〇〇メートルほどの、円形闘技場である。
今はもう統合してしまった王国騎士団と王宮魔術師団が、交互に訓練場として使用していた。
その場所を、これから三日間、レイシアと私の二人で使用するのだ。
なんともまあ、殺伐としたデートである……女と女同士だけど。
ちなみに、訓練場を追いやられた一般の騎士や魔術師達は、別の屋内闘技場で闘いに備えて訓練するらしい。
自分たちばかりこんなに広い場所を使って、なんだか申し訳ないけど……その分、頑張らなければいけないということなんだろう。
「まずは、魔術の根本的な概念について教えよう」
「よろしくお願いします」
「うむ」
レイシアは頷いて、説明を始めた。
「魔術というのは、体内に流れる魔力を、なんらかの魔術触媒を介して物理的効果に変換することを指す。ちなみに、触媒の使用は必然と言っていい。魔力というのは、生命力と対を成す目には見えない力で、それ単体には何の効果も無いからな」
そこまで言うと、レイシアは懐から宝石を一つ取り出した。
降り注ぐ陽光を受け、爽やかな水色の光を放つソレは――サファイアだ。
サファイアを細い指先で弄びながら、レイシアは言葉を続ける。
「体内に流れる魔力は、目を瞑って、背筋の辺りに意識を集中させる。そうすると、感じ取ることができるはずだ。あとはその流動を、手に持った宝石まで伝えれば、自然と魔力が体内から宝石に流れ込んでくれる。最後に決まった呪文を紡げば、魔術が起動するって訳だ。……よく見ておくのだ」
レイシアはこちらに目配せをして、サファイアを空中に放り投げた。
「《珠玉法―蒼玉・水禍》」
すると、空中でサファイアが涼やかな音を立てて弾け、大量の水が滝のように地面に落ちた。
「……こういうことだ。起動した後で、物理的作用に変化した魔術の中に流れる魔力を感じ取ることができるようになれば、こんなことも可能だぞ?」
レイシアは不敵に微笑んで、もう一つサファイアを投げた。
「《珠玉法―蒼玉・水禍》」
レイシアが呪文を叫ぶと、先程と同じようにサファイアが空中で弾け、大量の水があふれ出す。
ただ先程と違って、滝のように地面に向かって落ちることは無く、空中にうようよと浮いていた。
レイシアが指先を動かすと、それに応じて水の塊も、まるで生き物のように空中を泳いで見せた。
「まあ、この三日間で今見せたことまでできれば上出来だろう。上級者になれば、同じ魔術の同時起動や、違う魔術と組み合わせた多重起動もできるようになるのだがな。貴様にはまだ早すぎる。まずは、一つの魔術を完璧に制御できるようになるのだ。いいな?」
「は、はい!」
「よろしい。では……」
レイシアは、懐から新たなサファイアを取り出し、私に差し出した。
「慣れるまでは、水の魔術のみで練習する。水の魔術は殺傷能力が無に等しい。魔術の習得には、うってつけの属性だ。魔力の扱いに不慣れな状態では、どんな暴発が起きるかわからん」
「……なんか、優しいですね。てっきり、最初から炎の魔術とかでガンガン訓練させられるのかと思ってました」
「そんなことするものか。貴様は余をなんだと思っているのだ? 冷酷無比な鬼教官でもあるまいし」
いやどう見ても冷酷無比な鬼教官じゃん。
そう思ったが、口に出さないように堪えた。
気を悪くして、本当に炎の魔術とかで初歩訓練させられては敵わない。
「ともかく、宝石は貴様に渡す。最初は背筋の方向に意識を集中させて、魔力の流れを感じることから始めろ。いいな?」
「わかりました」
私は頷いて、キラキラと光るサファイアを受け取った。




