第三章8 僕と私の憂い
「それで、お前のその女体化はなんなんだ?」
ひとしきり取っ組み合いの喧嘩を終えた後、ロディは私の方に詰め寄ってきた。
「なんなんだって言われても、それはこっちの台詞だよ」
「貴様がわからなくてどうする? 女になるなんていう超常現象は、普通起きないことだろ」
レイシアも眉根を寄せて、少し遠くからこちらを見つめて言った。
「それはそうなんだけどさ……」
はっきり言って、こればっかりは本当にわからない。
これまで女体化したと思われるのは、レイシアと一緒に王宮へ帰っていたときと、風呂場の二回。
その二回と今回の一回で、女体化するきっかけとなる共通の何かがあるはず。そう考えるのが妥当だけど……果たして何だろうか?
「わからないなら、お医者さんに見て貰うこととかできないかな?」
フィリアが、心配そうに顔を覗き込んでくる。
「見て貰えるなら、それにこしたことはないけどさ。でも、そんなマニアックな医者っているの?」
「いると思うよ!」
何故かフィリアは自信たっぷりに答える。
「何か根拠でもあるの?」
「うん! 世界は広い!」
「……。」
「? どうしたのおにい? 急に呆れたような顔になって」
「……いや、まさかとは思うけど。そのよくわからん理由が、フィリアの言う根拠なの?」
「もっちのろん! 世界は広いから、そういうお医者さんもどこかにいるって!」
「…………。」
なんというか、うん。
実に平常運転の、我が妹である。
「それはそれとして、カース」
フィリアとの会話に、レイシアが割って入る。
「なんです?」
「元の身体には戻れるのか? その……アレだ。女の身体の方が魔力の面では優れているから、むしろその身体の方がいいとは思うが。余は……貴様には男の状態でいて欲しい」
「は、はぁ……」
「あれれ? もしかしてお前、カースに惚れてんのか?」
早速隙を見つけたロディが、にんまりと口元を歪める。それからレイシアを肘で突いて、おちょくった。
「ば、バカを言うな貴様! 余はただ、こいつは男の姿の方が見慣れているから、男の姿の方が、何かと都合が良いと思ってだな!?」
「都合って何の都合だ? 恋愛の都合か?」
「なッ! れん、あ……ッ!?」
耳の先まで赤くして動揺しまくっているレイシアを、ロディは愉悦の表情で見つめている。
人の弱点を突くという面では、ロディの方が一枚上手のようだ。
「そ、それでどうなのだ!」
照れを誤魔化すように、レイシアはビシッと私の眼前に指を突きつけた。
「元の姿に戻れるのか? どうなんだ!?」
「えっと、戻れると思います。肉体の性別が変わっちゃう条件とかきっかけみたいなのは、まだわからないけど。今まで変わったとき、ちゃんと元に戻りましたから」
「そ、そうか。ならいいのだ」
心なしか安心したように、突きつけた指を降ろすレイシア。
その姿を見つめて、私は複雑な気持ちになっていた。
レイシアが、男状態の私に特別な感情を抱いているらしいことが、なんとなくわかった。だからこそ、辛いんだ。
かつて私は、女であるが故に好きな子にフラれた。
この世界に、“奈津子”ではなく“カース”として転生できたことが、とてつもなく嬉しかった。今まで、望んでも叶わなかった恋。それが、男に生まれ変わったことで実現できると思った。あわよくば、密かに夢見ていたハーレム天国だって――
しかし、私は今はっきりと自覚した。
この身体は、性別が切り替わる不完全な身体だ。男でも女でもない。オカマとオナベを足して無理矢理二で割った、さまじく可笑しな身体だ。
レイシアの反応を見る限り……なるほど。確かに魔術を行使すると言う面では、女の私に価値を見いだしていることだろう。けれど……恋愛という面では、どうだろうか?
(ううん。考えなくても、わかることだよね……)
やっぱり、百合は不可能なのかな?
「ねぇ、フィリア」
「なぁに、おねえ?」
「……いや、いくら性別変わったからって、その呼び方はめてくれない? オネエみたいじゃん」
「えぇ……でも、女の子の状態のおにいに、おにいって呼ぶのは変じゃない?」
「変かも知れないけど、そのままでいいよ」
「う~ん、わかった」
少しの間眉をひそめ、やがて深く考えるのをやめたかのようにスッキリとした表情で答えた。
「それでおにい、話があるから呼びかけたんでしょ?」
「あ、うん。フィリアは、この状態の私、どう思う?」
「女の子のおにい?」
「うん」
「可愛いんじゃないかな?」
なんの迷いもなく、フィリアはそう答えた。
私は、少し愕いてしまった。てっきり「男じゃないおにいなんて、おにいじゃない!」と、駄々をこねるんじゃないかと想像していたから。
「それだけ? なんか思うことないの? お兄ちゃんがお姉ちゃんになったようなものなんだよ?」
「そうかもしれないけど……女の子になっただけで、おにいはずっとフィリアのおにいでしょ?」
「……ッ!」
私は、思わず息を飲んだ。
まあ、フィリアのことだ。どうせ深い考えも無しに呟いたに決まっている。だけど、その言葉は、今の私にとって救いだった。
男の僕でも無く、女の私でもない。
ただ純粋に、兄としての「カース」を信頼し、好意を抱いている。そのことを、私は知った。




