第一章3 旅立ち! いざ〈リースヴァレン〉へ!
翌朝。
まだ夜が明けきっておらず、東の空が白く霞んでいる時間帯。
「いざ行かん! 隣街〈リースヴァレン〉へ!」
右手に携えた一条の剣を天高く掲げ、左手を腰に当てて、さながら多くの近衛兵を背後に控える騎士団長のように高らかに叫ぶフィリア。
見かけだけは凜としていて格好いいけれど、ただ仕事に行くだけだ。それに、この場所は自宅の目の前。付近には寝静まった建物がちらほら見受けられ……つまるところ、近所迷惑である。非常に……とても。
「張り切るのもいいが、ほどほどにな」
振り返ると、玄関口に父と母が立っている。
「大丈夫だって! フィリアにはおにいが付いてるんだから」
特上の笑顔で、フィリアは僕の腕に自身の腕を絡めてきた。
「ああ。そうだな。すまんが頼んだぞ、カース」
「わかってるよ」
そう答えて、左腰に吊った一条の剣に手を添えた。
フィリアのものと同じ、特に業物ではないが年季の入った刀だ。昨夜フィリアから聞いた話だが、ロークス家が代々狩りに使ってきた歴史ある刀らしい。
「それとカース」
不意に母が口を開き、歩み寄ってきた。
「なに?」
「これを、持って行って」
差し出された手に乗っているのは、四つ折りにした小さな紙だった。
「これは?」
「重要なことが書かれた手紙です」
「誰宛の?」
すると、不意に母は顔を近づけてきた。顔がすれ違い、香水の香りが鼻腔をくすぐる。それから、耳元で囁いた。
「貴方が読むべきものです。ただ、決してフィリアが見ていない場所で……一人で見てください」
そう語る母の口調は、やるせなさを押し殺したような雰囲気を内包していた。
話はそれだけだと言わんばかりに踵を返す母に、「待って。どういうことなの?」と問い返そうとする。だが、それよりも早くフィリアにぐいっと腕を引かれた。
「行こ行こ! 私たちの新たな門出だよ!」
「う、うん。(門出って……別に結婚するわけじゃないんだけどなぁ)」
「二人とも、行ってらっしゃい」
「気をつけるんだぞ」
かくして両親に別れを告げ、僕とフィリアは〈リースヴァレン〉に向けて旅立った。
フィリアは騎士団に入隊が決まったからという理由。僕はそんなフィリアの同行者――という名目の、ただの職無し冒険者である。
「楽しみだね! おにい!」
腕を前後にぶんぶん振り、にこにこと満面の笑みで言ってくるフィリアに、「そうだね」と返す。
あえて言わせてもらおう。この世界で初の冒険、お転婆な妹について行ってどうなるのか、楽観的な僕でも不安です。
しばらく歩いて、昨日フィリアと出会った湖の畔に出た。
すると、今まで前を歩いていたフィリアが足を止め、こちらを振り返った。
「おにいの出番だよ?」
「……はい? 出番て何の?」
「この湖の向こう側に、隣街があるの」
「……はぁ」
前後の読めない話を訝しみつつ、対岸に目を向ける。湖と言うより海と言う方が正しいと思えるくらいに広い水鏡の向こう。目を凝らしてみれば豆粒ほどの大きさの建物らしき影が並んでいるのが見て取れる。
「あるけど、それがどうしたの?」
「決まってるじゃん。あそこに行くために、ここを渡らなきゃいけないんだよ?」
(まさか……)
なんとなく、嫌な予感がした。
「……ちなみに、どうやって渡るつもりなの?」
冷や汗が頬を伝って流れ落ちるのを感じながら、フィリアに問う。
「なに言ってんの? おにい」
すると、心底哀れむように目を細めて、とんでもないことを答えた。
「それを今からおにいに考えて欲しいんだよ」
(や、やっぱり……)
とたん、虚脱感に襲われて膝をついた。
どうせそんなことだろうと思った。そうじゃなきゃ、「おにいの出番だよ?」なんて言わない。
「大丈夫? いきなり地面に崩れ落ちて。体調悪いの?」
お ま え の せ い だ よ。
それはさておき、悪気なく煽ってくる天然小悪魔妹は、この湖を渡る方法を考える気は更々ないようだ。
考えるなら、自分一人でなんとかするしかあるまい。
「一応聞いとくけど、船とかはないの?」
「ないよ」
思った通りの返答をされた。船があったなら真っ先にそこに飛びつくはずなのだ。
「〈リースヴァレン〉からこの村に直通の航路が、昔はあったんだけどね」
「ふーん、そうか」
軽く受け流しつつ、渡る方法を模索する。
だが、一向にいいアイデアが浮かばない。
「あ、そうだ!」
突然フィリアが大声を上げた。
「何か思いついたの?」
「うん! 泳いで行くっていうのは?」
「却下」
やっぱりフィリアは戦力外だった。
こんな広い湖を泳いで渡る馬鹿が、一体どこにいるというのか?
「むぅ~、じゃあこれ以上に良い案出してよ」
フグのように頬を膨らませ、「不服です」と言わんばかりに迫るフィリア。
「そう言われてもねぇ」
思わず嘆いて、フィリアから目を逸らす。同時に、道ばたに生えている数本の木が映った。
刹那、ぴこーん! と閃く。
「どうしたの? 「俺っち、良いコト思いついちゃったぜ☆」みたいな顔して」
「まあ、見てなって」
思い立ったが吉日。
僕は腰に下げた剣の柄を握り、木々の根元に向かって一息に駆けた。
すれ違いざま、抜刀。
踊る刃。煌めく銀光が流れるように木々の間を縫う。
ひゅぱっ ひゅっぱっ という物体を裂く音が幾度か響いて。
――残心。
右手に携えた剣を、静かに腰に戻す。
それを合図に、まるで止まっていた時が動き出したかのように、何かが地面に倒れる音と震動が辺り一帯に木霊した。
「……え?」
僕はなんとも間抜けな声を上げた。「出来ればいいなぁ」と軽く思いつつ剣を振ったら、思った通りのことが出来てしまったのだ。
後ろを振り返ると、根元からばっさり切られて地面に折り重なっている数本の木。それから、その奥で目を丸くしているフィリアの姿があった。
「え? は? おにい凄っ!」
我に返ったフィリアが何やら叫びながら駆け寄ってくる。
「ねぇねぇ、今のどうやったの?」
「いや、どうやったって……たぶん、ノリと勢いで」
「えぇ、嘘! 絶対嘘じゃんっ! どうせ、私に内緒でずっと剣の修行してたんでしょ!」
悔しそうに、されど羨ましそうにまくし立てるフィリアに気圧され、「まぁ、一応そんな感じ」と及び腰に言ってしまった。
いや、僕が一番驚いてます。
剣を握ってテキトーに振り回したらできた。たぶん、〈騎士団に入りたがっていたという兄〉としてこの世界に転生したから、僕にデフォルトでついて来た能力なのだろうが、詳細は不明だ。
「むぅ……それで、この木はどうするの?」
「決まってるでしょ? 筏にするんだよ」
「あ、そっかぁ!」
合点! とばかりにポンと手を打つフィリア。
「そういうこと。この辺りに蔦とか蔓とかあると思うから、探してきて」
「わかった!」
言うが早いか、フィリアは猛スピードで辺りをかけずり回る。
程なくして、小さな両手にブドウやイリモチなんかの蔦を抱えて戻ってきた。
「持ってきたよ!」
「ありがとう。それじゃあ、筏作りに取りかかろうか。フィリアも手伝っ――」
「フィリア細かい作業苦手だから、出来上がるまで寝てるね。おにい頑張って」
“手伝って”と言い終わらないうちに、その場にごろんと寝転がるフィリアの図。
白々しく「頑張って」とだけ告げて目を閉じたフィリアに、流石に苛立ちを隠すことなんてできるはずもなく。
「寝るなぁああああああああああああああッ!」
僕の怒号が辺り一帯に木霊するのだった。
ていうか、思いっきり怒鳴っても、寝たままなのやめてくんない?(苦笑)
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