第三章5 本音と建前
「あとは、誰が王女の救出を行うかだが……」
レイシアはゆっくりと品定めでもするかのように、僕達を順番に見る。
「まず、フィリアは無しだな」
「なんでよ!」
すかさず突っ込むフィリアだが、レイシアはあくまで冷静に答える。
「貴様には冷静さと注意力が絶望的に足りていない。はっきり言って隠密行動は無理だ」
「そ、そんなこと……ないって!」
図星を突かれたらしく額に脂汗を浮かべながら、フィリアは必死に言い返す。
まあ、僕も同じ理由でフィリアは無いだろうなと思っていたから、レイシアの判断は間違っていないと思う。
「要は、必然的に我ら三人になるわけだが」
「ちょっと! まだ話は終わってないんだけど!? 無視しないでよ!」
きゃんきゃん喚きながら食い下がるフィリアを完全にシカトして、レイシアは僕達に向き直る。
「誰か、立候補する者はいないか?」
「お前はどうなんだよ?」
そう問い返すロディに対し、レイシアは淡々と答える。
「余は人助けには興味が無いんでな。できればやりたくはない」
「お、お前なぁ。助けるのはこの国の王女殿下だぜ? その物言いはどうかと思うが……第一、その発言が国王のお耳に届いたら……」
ロディは引きつった表情を浮かべ、冷や汗を流す。
「心配は要らん。そもそも余は、由緒ある王宮魔術師団ではなく、新参組織の王国騎士団を国家防衛の要として台頭させた国王を、好いてはいない」
「ちっ。はっきりものを言うな、お前は」
ロディは憎まれ口を叩いて、僕の方に視線を移した。
明らかに、お前はどうだ? とでも言いたげな表情だ。
視線を合わせたまま今一度考えて、僕は答えた。
「僕がやるよ」
その瞬間、ロディは満足げに口元を歪め、「そうこなくっちゃな」と言った。
「貴様がやるのか?」
「そのつもりですけど、何か問題が?」
「いや、余の立場としては有り難いが……いいのか? 貴様はそもそも、対魔術師戦の要になるやも知れんのだぞ? 王女救出に体力と精神力を持って行かれて、テレサ達を相手取るとき全力を出し切れない、という状況にはなって欲しくない」
「まあ、言われてみれば確かに」
「だろう? 無論反対するわけではないのだが、万が一を考えてだな――」
でも、と僕はレイシアの言葉を遮った。
「王女を救出するのが騎士の役目でしょう?」
自分でもドヤ顔で痛いこと言ったなとは思うが、建前がこれしか思いつかなかったのだ。まあ、中二臭いけれど、割と立派な理由になっていると思う。
もちろん、本音はこれとは別にある。
え? 本音は何かって?
そんなこと、口が裂けても言えるわけがない。
レイシアを助けに行った時と一緒で、男が女を助けに行く理由は要らない、そういうカッコいい建前で締めればいいのだ。
「とかなんとか言って、王女がチョーゼツ美人と聞いて、浮き足立ってるだけじゃねぇのか?」
冗談めかして言い捨てるロディの台詞に、ドキリと心臓が波打つ。
「あー……バレた?」
「いやソレが本音だったのかよ!?」
ロディのツッコミと共に、光の速さでフィリアの目が鋭くなる。
「ねぇ、おにい? フィリアさっき言ったばっかだよね? 他の女の子にうつつを抜かすなんて許さないって!」
「い、いや……これはだね」
ぷくーっとフグのように両方の頬、を膨らませ、口と口がくっつきそうな距離までずいっと顔を近づけてくるフィリアに気圧され、脂汗を垂らして反射的に身を引く。
「貴様、やはりそういう下心があってのことか……ッ!」
身を引いたら今度は、怖い形相で凄んでくるレイシアと目が合った。
「い、いやいや誤解ですって! 綺麗な女の子がいたら一目見ておきたいというのが《男》の性であって、断じて助けた王女様に惚れられたいなんて思ってませんよ! ええ、決して!」
「本音が出てるよ!」
「本音がダダ漏れだ!」
フィリアとレイシアの怒号が重なった。
「……は、はい。すいません」
しまった。つい本音が口に出てしまった。
「あっははははッ! こいつは傑作だぜ!」
大口を開けて笑いながら一部始終を見守るロディを除いて、僕はしばらく二人の女性から説教を喰らうこととなった。




