第三章4 作戦の概要
「話は済んだようだな」
頃合いを見て、ロディは口を開いた。
「ここまでの話をまとめると、まず〈ウリーサ〉からこの国を護るのではなく、あくまで隙を突いて攻め入る方向で行くってことだな。その「隙」というのは、セルフィス王女を救い出し、それに気付いた 〈ウリーサ〉の連中が動揺した瞬間。その時を狙って全ての戦力を投入し、奴らを叩くって寸法だ。テレサとカモ野郎の二人は、強さの次元が違いすぎるから、俺達四人全員でかかる。そういうことでいいんだよな?」
「ああ、そういうことだ」
レイシアは頷き、再び僕の方を向いた。
「作戦の是非は、貴様がどれほどの練度で魔術を習得できるかにかかっている。わかってるな?」
「わかっているつもりです。できるかはわからないけど……」
「つべこべ言わずに、やればいいんだ」
「……はい」
有無を言わせぬレイシアに気圧され、首肯する。
けれど、期待に応えないつもりはない。三日間不眠とか嫌すぎるけれど、プライドの高いレイシアさんが僕に期待しているのだ。
古今東西、“据え膳食わぬは男の恥”と言う。
ここは是が非でも、やるしかあるまい。
「ところでさ」
終始頬杖をついて話を聞いていたフィリアが、不意に口を挟んだ。
「そのセルフィスさんを助けるのは、誰がやるの?」
「それは、腕利きの部下に任せるつもりだが……いや、待てよ」
レイシアは答えるのを止め、考え込むように、人差し指を自身の細顎に添える。
しばらく険しい顔で無言を貫いた後、ゆっくりと口を開いた。
「よくよく考えれば、王女殿下を救い出すことそのものが、最も難易度の高い課題では無いか? 〈ウリーサ〉の連中に気付かれないようにしつつ、どこに囚われているかもわからない王女を救出するなど、 難儀にも程があるぞ。一応〈ウリーサ〉が帝国直属の魔術結社であるからして、帝国政府直下にあると いう、奴隷収容施設にいるだろうという大体の予想は付くが……それも確定ではないからな」
「「「確かに」」」
僕達三人の声が重なる。
〈ウリーサ〉に囚われてしまった少女の行方は依然知れない。そんな彼女を救出するために、敵の渦中に飛び込んで、誰にも気付かれずに彼女を見つけ、その上で助け出すなんて、並大抵の人間ができることではない。
それこそ、僕達四人の内誰か……いや、フィリアは隠密行動とか向いて無さそうだから、とりあえず除外しておこう。
兎に角ここにいる精鋭で無ければ、務まらないはずだ。
「じゃあ、どうするの?」
無邪気なフィリアの問いに、ロディとレイシアは考え込むように目を伏せ、
(どうすればいいんだろうか?)
僕もまた、思案に耽る。
そもそも、僕達四人はテレサとカモミール、二人の強敵を相手にすることに全力を尽くさねばならない。そうまでしてやっと勝てる見込みがあるという程度だ。王女の救出に人員を割くわけにはいかない。
(かといって、僕達の内の誰かでなければ、救出が成功する可能性は低いし……)
隠密作戦を成功させる気力。何が起きても動じない胆力。そして、万が一救出が失敗し、敵に見つかった場合に、対抗し得る戦闘力。
それらを併せ持つのは、レイシア、ロディ、僕……それと一応フィリアの四人だけだ。
八方塞がりな状況に、僕は頭を抱え――
「……一つだけ、提案がある」
沈黙を破ってぼそりと呟いたのは、レイシアだった。
「本当ですか?」
「ああ」
顔を上げた僕を、レイシアが見つめ返す。
それから、とつとつと語り出した。
「と言っても、かなり無謀な案だがな。まず王女を見つけ出して助けるのは、この四人の内の誰かで確定だ。借りにそいつをAとしよう。まず、Aが上手く敵の本拠地に潜り込んで救出が成功したと仮定する。王女と共に安全な場所に隠れて〈ウリーサ〉の動向を探る。奴らが王女を連れ去られたことに気付けば、少なからず騒ぎが起こるはずだ。それを察知して、Aは即座に待機中の我々本隊に連絡。王女を安全な所に隠して、そのまま本隊に合流。共に敵を奇襲する」
「つまるところ、Aは殿下の救出とテレサ達との闘い。その二つをまかなわなければならないってことだな?」
「そういうことだ。理解が早くて助かる」
かいつまんで話したロディに、レイシアは頷き返す。
「なんというか、アレだな。流石、草食系少年に三日間不眠不休の魔術特訓を要求する、パワハラ女部長の見立てに恥じない脳筋意見だな?」
「ふんっ。脳筋に脳筋と言われる筋合いは無いわ」
レイシアは、鋭く鼻を鳴らしてロディをあしらう。
「それで、貴様らは余の意見に賛成か反対か、どっちなのだ。反対なら、より合理的な提案も添えて欲しいものだな」
僕達はしばらく目線を交わし合う。だが、誰一人として何か良い提案を口にしようとする者はいなかった。
「……僕は、まあ反対じゃないです」
たぶんこれ以上は考えても無駄だろうと悟って、僕は賛成することにした。
「おにいが賛成するなら、フィリアもそうする!」
フィリアも勢いよく右手を挙げ、レイシアの意見に一票を入れた。
「ったく。もう多数決で決まりじゃねぇか。かくいう俺も、反対の意見は持ち合わせてねぇんだが」
ロディは、やれやれと言うように頭を搔き、「その頭でっかちな意見にのってやるよ」と言った。
これで、計画の内容は殆ど決まった。あと残されているのは……誰が、人物Aを担当するかだ。




