第三章2 想定外の切り札
「――まあ、兎に角だ。殿下を人質に取られている以上、こちらも迂闊には動けないってことだ。だから、本来護りだけを固めるべきなんだが……」
「だからこそ、攻め入れるべきだと言っている!」
頭を搔きながら言うロディに、すかさずレイシアが首を突っ込む。
結局話は振り出しに戻ってしまった……いや、振り出しから動いていないだけな気もするが。
どちらにせよ、水掛け論だということは間違いない。
このまま、二人が正反対の意見を唱え続けても収拾がつかない、ということだ。
だって……どっちも我が強いもん。
たぶん主張を取り下げるような人達ではないはずだ。
「あのさ、ちょっと思いついたことがあるんだけど……」
不倶戴天の敵同士のようににらみ合う二人を見かねて、僕は声をかけた。
「なんだ?」
「どうした?」
取っ組み合いをやめ、二人はこちらを向く。
「その、セルフィス王女って人を救出してから攻め込むのは、ダメなの?」
「まあ、不可能ではないだろうが……向こうにそのことがバレれば、間違いなく王女は殺されるだろうな。やるとしたら、確実に王女を救った上で、攻め込まなければ意味がねぇ」
「まあ、そうなるよね……」
見かけの割に慎重な物言いをするロディに、同調する。
「だが同時に、成功すれば向こうに大打撃を与えられる、というのも事実だ」
しかし負けじと、レイシアが口を挟んだ。
「〈ウリーサ〉から王女殿下を取り返せば、奴等の士気は少なからず下がるはずだ。セルフィス王女というこれ以上ない人質を失えば、組織内部に混乱が生じるはずだ。その混乱に乗じて一気に攻め込めば、勝機はある」
「ったく簡単に言ってくれるぜ……あれほど護りに徹しろっつってんのによ」
ロディはため息をついて、また頭をがりがり搔いた。
「まったく、まだそんな不抜けたことを言っているのか貴様は。噂では、どんな敵にも真正面から向かっていく、猪突猛進の頼れる騎士長(笑)だと聞いていたのだが」
「いや、そりゃ確かにそうなんだがなぁ……」
ロディはバツが悪そうに答えて、話を続ける。
「その辺のザコ敵が相手なら、全く問題ねぇんだがよ。テレサって女とカモ野郎が出てきたら、いくらなんでも分が悪いぞ。特にテレサだ。過去に相対したことがあるからわかるが……あいつは正真正銘の化け物だ。俺達四人が束になってかかっても、倒しきれるかどうか……」
「それについては余も承知している。散々煮え湯を飲まされたからな。いつか借りは返すつもりだが……何の準備も無しに勝てるほど、甘い相手でないことは理解している」
「だろ? だから――」
「いいや、だからこそだ」
もう何度目かわからない否定の言葉を、レイシアは口にする。
というかこの二人、馬合わなさすぎでしょ。
「準備をした上で、四人全員でテレサとカモミールを叩く。どのみち、護りに重きを多くにしても、いつまでもというわけにはいかんだろう? 王女殿下が攫われて半年。殿下の安否はようとして知れない状況だ。ここらで一つ、賭に出るべきじゃないのか?」
「まあ、分の悪い賭けだが……お前の言うこともわからないわけじゃない」
ここでようやっと、ロディの主張が揺らいだ。
「ただ……」
「ただ?」
「お前の中で、勝算はあるのか?」
ロディは、今一度レイシアの目を覗き込むように、顔を近づける。
「近づくな気色悪い」
「いや真面目に話してんだから、そういうこと言うのやめろよな! ナチュラルに傷つくんだが!?」
心底嫌そうに顔をしかめるレイシアに、ロディは喰って掛かる。だが、それも完全にスルーして、レイシアは答えた。
「現段階ではまだ勝算と呼べんが……テレサとカモミールを相手取る上で、切り札になり得るものを、この一週間考えていた。そして、一応見いだした」
「ほう? なんだそれは?」
ロディは、興味深そうに片方の眉を吊り上げる。
「それはな……」
レイシアは少しの間を空けて、急に僕の方を見た。
「こいつだ」
「……へ?」
思わず変な声を上げてしまう。
何だって? 僕が切り札?




