第二章27 誇りのために
一足先に出て行ったレイシアを追って廊下に出る。
白い石でできただだっ広い廊下を少し進んだ先で、レイシアは足を止め、壁によりかかった。
どうやら、この場所で話をするようだ。
「座れる場所にしたらどうです? その怪我で立って話をするのは、大変じゃないですか?」
「案ずるな。無理はしていない」
「でも……」
「気にしなくていいと言っている!」
「は、はいぃッ!」
語気強いレイシアの言葉に、気圧されてしまう。
「だが、その……なんだ」
急にレイシアはしどろもどろと何やらぼやいて、指先で頬をかく。
「心配してくれていることには……感謝している」
そっぽを向いてそう呟くレイシアの頬は、心なしか紅色に染まっているように見えて……
「へ?」
らしくない彼女の反応に、僕は拍子抜けしてしまった。
「……なんだその顔は。何やら言いたそうだな」
「いやぁ、レイシアさんてお礼とか言える人だったんだなって思って」
「うぐっ……」
痛いところを突かれたようで、レイシアは苦虫をかみ潰したような顔をする。
「……悔しいが、否定はできん。昔から他人に感謝を述べるのはどうにも苦手でな。どうも、心を許しているようで怖いのだ」
「不器用な人なんですね」
「よく言われる」
心なしか、清々しい表情でレイシアは答えた。
(なんか、少し丸くなった気がするな)
僕は、そんなことを考えていた。
出会った当初より、棘が少なくなった気がする。以前なら、「不器用な人なんですね」などと言えばたちまち睨み返してきたはずだ。
これは、少し打ち解けてきたという認識でよいのだろうか?
「……なあ、貴様」
「はい?」
話しかけてきたレイシアの方を見る。
だが、彼女はぼんやりと前の壁を見つめているだけで、目を合わせる気はないらしい。
「……これから言うことは、余の独り言だと思ってくれ」
「はい?」
「その……聞いて欲しいのだが、聞いた後忘れて欲しいのだ」
「わかり、ました」
話しづらいことを話すのだと察した僕は、黙って聞くことにした。
「……余には誇りがある。王宮魔術師団の総隊長として、命を賭けてこの国を守るという誇りが。だが、今日〈ウリーサ〉のあの女に言われたのだ。「貴方の持つ誇りがいくら譲れないものでも、実力は自分の足下にも及んでいない」と……」
あの女とは、おそらくテレサのことだ。
彼女と闘い、手も足も出なかったことを悔やんでいるのだろうか?
真意を探るため、僕は更に耳を傾ける。
「余は、今まで殆どの相手に負けたことがなかった。魔術界隈ではな、生まれつき女性の方が魔力量に優れるという傾向があるんだ。それに則っとるかのように、余は小さな頃から魔術の才があった。だから、有頂天になっていたのだ。才能ある自分が、国を守る王宮魔術師団の総隊長を担う、これ以上ない名誉。それがいつしか余の誇りになり、自分を形作る“全て”になっていた」
しかしな、とレイシアは言葉を切る。
陰鬱な表情のまま、琥珀色の瞳で天井を見上げた。
「今日、その誇りは意味のないものだと唾棄された。あの女に負けて見下され……余の全てだった誇りが、無意味なものであるということを、目の前に突きつけられたんだ」
(レイシアさん……)
僕は、複雑な気持ちになっていた。
彼女はきっと、自分の中にある支えを失ったのだ。
もう、いつもの孤高で輝かしく、誰よりも強いレイシアではない。ただ弱々しく、脆く崩れた一人の女性の姿が、そこにはあった。
「余は、これから……何を誇りに生きていけばいい……?」
「……これは独り言ですけど」
「……え?」
レイシアはふとこちらを見る。
その眼には、うっすらと彼女には似合わない涙が浮かんでいる。それには触れず、僕は言葉を続けた。
「テレサさんを超えて、また誇りを取り戻せばいいと思います」
「そんな無茶な。悔しいが、余の力ではとてもあいつには……」
「何も、貴方の力だけで倒せとは言っていませんよ? 僕だって、ロディだっています。月並みだけど、その方法しかないと思います」
「余が、他の誰かに頼るというのか……?」
レイシアは、微かに眉根を寄せる。
誇りを失ったとは言え、ずっと一人で立ち向かってきた彼女の認識を、根底から覆す意見だ。不服なのも頷けなくはない。
「気持ちはわかりますが、僕から言わせてもらうと、レイシアさんは一人であることに慣れすぎてます。自分で言ってたじゃないですか。誰かに感謝を述べることは、他人に心を許しているようで怖いって」
「ああ、そうだ。だから……」
「だから、今回は誰かに頼ってみたらどうですか?」
「なっ……!」
目から鱗だと言わんばかりに、レイシアは目を見開く。
「誰かに勝つには、今の自分を変えるのも一つの手ですよ。僕に言われても、説得力はないかもしれないけど」
レイシアはしばらく考え込むように目を泳がせて、やがて「……そうだな」と頷いた。
「他でもない貴様が言うことだ。少し、信じてみよう」
「てことは、僕にはそれなりに心を許してるんですね」
「なっ……あ!?」
途端、レイシアは耳まで赤くなって、口をパクパクさせる。
「か、かか、勘違いするな! ただ貴様がお節介で、仕方なく聞いてやっているだけだ! 断じて気を許しているわけでは……って、何を笑っている!」
「すいません」
思わず笑ってしまった僕は、レイシアに謝る。
丸くなったとして、結局、どこまでも不器用な人らしい。
穏やかな気持ちで、僕はそう思った。
第二章完結に伴い、第一部も完結しました。
第二部では、女体化したカースを前面に押し出して、物語を進めていきます。
いよいよストーリーが大きく進展していきマス!
〈ロストナイン帝国〉に乗り込む主人公達。彼らを待ち受けているのは、果たして……!?
怒濤の展開に目が離せませんよ!
ここまで読んでくださったこと、心より感謝申し上げます。そして、何卒これからもよろしくお願いします!!




