第二章20 穢された誇り
《三人称視点》
痛む右手を強引に振るい、レイシアは宝石を放る。
「《珠玉法―紫水晶・霹靂―二重奏》ッ!」
放物線を描いて空に飛ばされたアメジストが帯電し、二条の雷が地を舐めながらテレサを狙う。
「荒々しい攻撃ですこと……《削命法―暴風》」
テレサが呪文を括るのと同時に、彼女の右手から広範囲を埋め尽くす突風が放たれた。
ビュウビュウと吹きすさぶ風は落雷からテレサを守る盾となり、暴れる落雷を寄せ付けない。
そればかりか、突風の威力は凄まじく大きかったらしく、雷撃は押し返され、今度はレイシアめがけて肉薄する。
「ちっ!」
舌打ちしつつレイシアはダイヤモンドを放る。
「《珠玉法―金剛石・障壁》ッ!」
叫ぶ呪文は防御魔術。
びりびりと震動する障壁の内側で、レイシアはすかさず新たな宝石を用意する。
「《珠玉法―翡翠・蔦葛―紅玉・火炎―接続曲》ッ!」
雷撃をいなすと同時に、レイシアは赤と緑の宝石を投げる。
翡翠が割れて四本の蔦が出現。その蔦にルビーの炎が燃え移り、燃える四本の蔦がテレサを囲って四方八方から襲いかかる。
「今度は違う魔術の組合わせですか。頭の硬そうな貴方の割に、機転の利いた戦術ですわね。まあ……」
瞬間、テレサは呪文を叫ぶ。
「《削命法―暴風》、ですわ!」
テレサの背後に風が生まれ、爆発的な加速を得て駆け出した。燃えさかる蔦は、残像を空しく穿つに留まり―
「逃がすものかッ!」
しかして、レイシアは魔力を飛ばして蔦を制御する。うねる炎は迅速で駆けるテレサを追う。
「ふふっ。遅いですわ!」
けれど、テレサの走る速度の方があまりにも速く、レイシアの蔦は彼女を捉えきれない。
テレサのあらゆる急所を狙って襲いかかる蔦をひらりひらりと躱してしまう。
「くっ! 一発も当たらぬとは!」
焦燥浮かぶ表情のレイシアを、テレサはやはり涼やかな顔で見つめ――レイシアの焦りから蔦の動きが鈍った一瞬の隙を突いて、反撃を仕掛けた。
「終わりですわ! 削命法―暴風》ッ」
舞台の終焉が如く高らかに叫ばれた呪文。
荒ぶる風が、無防備のレイシアに直撃。
「ぐっぁあああああああああッ!」
地面を何度もバウンドしながら、無様に転がってゆくのだった。
「――勝負ありましたわね」
テレサは、足下にいる人物に声をかける。
そこにはレイシアが、四肢を投げ出して倒れていた。
先程の攻撃で一〇〇メートル近く飛ばされたレイシアの全身には無数の打撲傷があり、最早立つこともままならない状態であった。
「……っ、ふん。殺すなら、さっさと殺せ……ッ!」
レイシアは、僅かに首を動かしてテレサを睨みつけ、掠れた声で吐き捨てる。
「はぁ。死に際まで可愛げの無いお方ですこと。もう少し、惨めったらしく命乞いをして欲しいものだけれど」
「生憎、そこまで落ちぶれちゃいないのでな。王宮魔術師団の名が廃る」
「くだらない名誉ですわね」
実につまらなそうに言い捨てるテレサを前にして、レイシアの瞳の奥が怒りの色に染まる。
「貴様、余の誇りを侮辱するのか!」
「侮辱しているのではありませんわ。呆れているのです」
「……なに?」
「だって、貴方の言う誇りが口先ばかりで、実力は私の足下にも及んでいませんもの」
「……ッ!」
レイシアは悔しげに歯がみして、押し黙る。
どれだけ思いを貫こうと、こうして敗北したのは事実なのだ。
言い返せる言葉など、あろうはずがなかった。
「潮時ですわね。《削命法――》」」
だからレイシアは、テレサの右手に魔力の光が集っていくのを、悔しさに身を焦がしながら見つめていることしかできず。
「《――火炎》」
テレサの右手から炎が吹き出し、うねりを上げる。
「さようなら。王宮魔術師団のチンケな小鳥さん」
そんな、人を嘲笑うかのような言葉が、レイシアがこの世で聞いた最後の言葉に――
「――レイシアッ!」
――ならなかった。
聞き馴染みのある、ある人物の声が一際強くレイシアの耳に届く。
(なんだ?)
思わず声のした方向に目を向ければ、昼間行動を共にしたあの男の姿があった。




