第二章19 削命法の脅威
《三人称視点》
「《珠玉法―紅玉・火炎――》ッ」
駆けながら呪文を叫ぶレイシア。
右手を振るうと同時に、二つのルビーがその手を離れて宙を舞い――レイシアは更に呪文を続けた。
「《――二重奏》ッ!」
刹那、ルビーの玉が煌々と燃えあがる。二つの炎は互いに絡み合いながら大きくなり、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)の表情でその場を動かないテレサに迫る。
「なるほど。王国の《珠玉法》は、複数の宝石を触媒に、魔術の威力を上げることもできるのですか」
轟々と音を立てて炎が迫る中、テレサは悠々と状況を分析する。
「確かにそれなら、威力で劣るあなた方の魔術法でも、我が《削命法》に対抗できますわね……けれど」
テレサは、左手をピンと横に伸ばし、虚空に掌をかざす。
すると、どこからともなく光の粒子が現れ、テレサの左手に集まってゆく。
ずん、と低い音を立てて、テレサの纏う魔力が一段と濃くなった。
「そんな付け焼き刃では、《削命法》の強さには遠く及ばなくてよ? 《削命法―水禍》」
怪しい声色で紡がれた呪文。
自身に向かって肉薄する炎に右手をかざし――刹那、差し出された右手から巨大な水の壁が出現。
押し寄せる炎の塊を、更に大きく分厚い水の壁が受け止める。
どんッ!
一瞬破裂音が響き、水が急速に沸騰・蒸発したことによる水蒸気で辺りが真っ白に染まった。
「はぁああああああああッ!」
前方の視界を遮られて尚、レイシアは雄叫びを上げて走る。
走りながら、右手に握った宝石を前方に投げた。
「《珠玉法―翠玉・暴風》ッ!」
高らかと叫んだ瞬間、エメラルドを中心に竜巻が生まれ、水蒸気を吹き飛ばす。
だが、レイシアが見据える先に既にテレサの姿は影も形も無い。
「ちっ。何処行った!」
「ふふっ。こっちですわ。血の気の多い小鳥さん」
人を食ったような声は、レイシアの真上から聞こえた。
いつの間にか見上げるほど高くまで飛んでいたテレサは、風で浮きそうになるドレスの裾を抑えて、呪文を口走る。
「《削命法―火炎》、ですわ!」
テレサの右手が燃えあがり、指向性を持った灼熱の業火が、レイシアめがけて振り下ろされる。
「ちぃっ!」
レイシアは泡を食って、咄嗟に懐から四つの宝石を取り出した。
「《珠玉法―金剛石・障壁―四重奏》ッ!」
前方に放った四つのダイヤモンドが、対角線上に展開。ダイヤモンドの四倍の堅さを誇る六角形障壁が、荒れ狂う炎の到達する間際に完成した。
ダイヤモンド障壁に進路を阻まれた炎は、威力を殺しきれずに四方八方に飛び散り、周りの建物を倒壊させていく。
「くぅッ!」
障壁越しに届く熱気に顔をしかめながら、レイシアは魔力を全開にして障壁を維持し、紙一重で防ぎきった。
「なかなかやりますわね」
だが、テレサは表情一つ崩さぬままふわりと地面に降り立ち、すかさず右手の指先をレイシアに向けた。
「《削命法―霹靂》」
指先から光の速度で雷閃が飛ぶ。
闇を裂き、瞬く間に二人の間を駆け抜けたそれは、レイシアの障壁をいとも容易く貫通し、レイシアの右腕にピアスのような風穴を開けた。
「あッ! ぐぅううッ!」
激痛が走る右腕を抑え、うずくまるレイシア。
そんな彼女を、ドレスの色とは正反対の涼しげな表情で見下ろすテレサ。
二人の間に、絶対的な壁があることは、一目瞭然であった。
「もう十分頑張ったでしょう?」
レイシアの元まで歩いてくると、テレサは諭すように言う。
「だからもう、いい加減降参を――」
「ま、まだだ……」
テレサの言葉を押しのけ、レイシアはよろよろと立ち上がる。
右腕は血まみれ、左腕は炭化しかけてボロボロ。
それでも尚、レイシアの瞳には猛獣のような光が灯っていた。
しばらく、呆気にとられたように呆然としていたテレサだったが、不意にくすりと笑った。
「健気なお方。そういう負けず嫌いな暑苦しい人は、嫌いじゃないですわ。最も、殿方はワタクシのような優雅な女性を、お選びになるでしょうけれど」
「はっ。冗談は程々にしとくのだな、売女が」
「なっ」
テレサは面食らったらしく、一歩二歩後ずさる。
「……随分な物言いですわね。まあいいでしょう。その減らず口を聞けなくなるまで、懲らしめてあげますわ」
表情に微かな怒気を浮かべ、テレサがそう告げた瞬間、周りの闇が一段と深くなった……気がした。
「やってみるのだな。余は、死んでも減らん口だ」
レイシアは口の端を吊り上げて笑い、懐から新たな宝石を取り出した。




