第二章18 プレジデントの女
《三人称視点》
「はぁ……ッ! はぁ……ッ! はぁ……ッ!」
女が荒い息を吐く度、なで肩が小刻みに上下する。
辺りに目を向ければ、燃えさかる熱気と凍りつくす冷気が渦巻き、自然発生では有り得ないアンバランスな空間を作り出している。
そこには、数多の王宮魔術師団の犠牲者達が皆一様に力なく倒れ伏していた。
中には微かに息のある者もいるが――最早虫の息だ。戦える状態の者などいない。
――唯一、あの女を除いて。
「くぅっ!」
女――レイシアは苦しげに顔をしかめて、燻る炎の先を鬼をも殺せそうな形相で睨みつける。
その先に――この惨劇を引き起こした首魁と思われる人物が、悠然と佇んでいた。
闇夜も溶かす長い黒髪に、血の臭いを漂わせる濁った深紅の瞳。全身にブラッディレッドのゴシックドレスを纏い、緩やかな曲線美を引き立たせている。
その見るからに危険な色は、その人物に漂う異常な空気とマッチし、一人の危ない色香を漂わせる女性を際だたせていた。
「貴様……ッ! 絶対に許さんぞッ!」
レイシアは、震える膝を押さえて立ち上がりながら、その人物に吠えかかる。
「うっふふ……」
その人物は、怪しげな笑みを浮かべてレイシアを見つめ返した。
「無理はしない方が賢明かと思いますわ。魔術師団の小鳥のような総隊長様」
「なんだと!」
「貴方は既に、戦える状態ではないはず。こうして抗うのは、無駄というものですわ」
「悪あがきだと言いたいのか!?」
たちまちレイシアの眉根がつり上がる。
「ええ、もちろんです……もっとも」
その人物は艶然と微笑み、言葉を続けた。
「懸命に抗う健気な小鳥を仕留めるというのも、ワタクシにとっては一興というものですが」
「こ、このッ!」
人を小馬鹿にしたような態度に、レイシアの頭が沸騰する。
だが、その人物が言うことは最もであった。
レイシアの全身は、ボロボロ。
左腕は半ば炭化しかけ、全身には鎌鼬で斬られたような無数の切り傷がある。
美しいブロンドの髪をポニーテールに括っていたゴムは、熱で伸びきっており、最早使い物にならない。
ヘアゴムを解いて地面へ投げ捨て、そのまま呼吸を整えるかのように右手を胸元へ添えた。
こうして立っているだけでも奇跡だというのに、この上で戦闘をすることなど常人なら不可能だ。
だが、レイシアの誇りと不屈の信念が、それを辛うじて可能としていた。
「貴様……一体何者だ。我々王国に名高き魔術師団を、いとも簡単にねじ伏せるその力。ただ者ではないな?」
そうとでも言わなければ、誇りと名誉ある魔術師団の尊厳というものが無くなる。
「ご名答ですわ。ワタクシの名はテレサ=コフィン。ロストナイン帝国魔術結社〈ウリ―サ〉の総長ですわ」
テレサは優雅に一礼する。
「なん……だと!?」
だが、レイシアは驚愕も露わに目を見開いていた。
「貴様が総長……! 以前、王国騎士団の抗戦資料にあった、あの……! まさかこれほどの実力者とは……ッ!」
このデタラメな強さに頷かざるを得ない。が、レイシアにしてみればそれでも耐えがたい屈辱であった。
王宮魔術師団の長である自分と、〈ウリ―サ〉の長であるテレサ。
どちらが魔術師としての能力が上か、はっきりと決まってしまっていたのだから。
「くそったれがぁッ!」
今一度レイシアは吠え、傷ついた身体に鞭打って駆け出した。
「……おもてなしを続けますわ」
そんなレイシアを愉快そうに見つめ、テレサは呟くのだった。
イラストは、テレサVSレイシアの、緊張感溢れる一場面です
くれは様作
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