第二章17 決意。記憶の中の彼女
「なに……あの爆発」
「僕ら〈ウリ―サ〉の総長様の攻撃かも」
「なんだと!?」
とたん、ロディが吠えた。
「あの女が、出てきたってのか……!?」
そう呟くロディの表情は蒼白。この口ぶりから察するにその人物のことを知っているようだが……今はそれを詮索している場合じゃない。
「うん、彼女が出てきたかも」
「ちっ、なるほどな。お前が言った「二人で闘うってことに関しては、ある意味正解」ってのは、そういうことか」
「どういうこと?」
合点がいかない僕は、ロディにそう問うた。
「三人の内の誰かが援護に行かねぇと、魔術師団は壊滅するかもしれねぇってことだ。無論、行ったところで焼け石に水かもしれんがな……」
「そんな……そんなに強いの? その人」
「化けモンだ。おそらくそこにいるカモ野郎なんて、目じゃないくらいにはな」
だとしたら、今から急いで西地区に向かうしかないじゃないか。
「くっ!」
カモミールという強敵から背を向け、考えも無しに西地区に向かって駆け出した僕を、
「待て」
ロディが止めた。
「なんで! どうして止めるのさ!」
「助けに行けば、レイシアに確実に嫌みを言われる上に、助太刀を許さない。何故だかは知らんがな」
「はい? こんなときに何を言って――」
言いかけて気付いた。
そのことは……僕が一番よく知っているはずだった。
彼女のプライドの高さ。そして、魔術師の長としての誇り。それらの事柄が、彼女自身、王国騎士団を忌み嫌う所以であり、彼女という存在の拠り所なのだ。
魔術師団を助けに行くと言うことは、同時に彼女の誇りを傷つけることになる。
故に僕は、踏み出しかけていた足を戻し――
「……いや、それでも行くよ」
僕は、ロディの方を振り向いて絞り出すようにそう告げた。
「ほう? 決断力の乏しいお前にしては、珍しいな」
「そう言われれば、そうかもね」
「あいつを助けに行っても、感謝なんかされねぇぞ? むしろ邪魔者扱いされる。それに……はっきり言ってお前が参戦しても、勝てる見込みはないに等しい。俺達三人でカモ野郎をぶっ飛ばして、それから 西地区に行って闘えばまだ可能性はあるんだろうが……」
「そのとき、レイシアさんは生きてるかな」
僕の指摘に、ロディは一瞬押し黙る。だがすぐに、言葉を返してきた。
「さあな、わからん。敵と戦って死ぬのは本望だ! みてーなこと良いそうな面してっからな。生きてるって保証は、無いんじゃねぇか?」
「……そう」
ぎり。僕は、誰にも聞こえないように歯を噛みしめる。
「それでも行くのか?」
僕は、一切の躊躇なく頷いた。
「見返りも無く敵に命を捧げるのか? 聖職者か、お前は」
「違うよ。僕は……」
言いながら、爆炎の上がる西地区を見据える。
それと同時に、昼間の光景が頭を過ぎった。
プライドが高くて、どこか強がっているようにも見えた彼女。棘が多くて近づきにくいけど、実は恋愛に関しては心配になるほど疎い彼女。
まだちゃんと話したことは殆ど無いけれど、一つだけはっきりとわかっていることがある。
それは――不器用なだけの、素敵な一人の女性だということだ。そして。
「僕は《男》だ。」
「……はぁ?」
僕の答えに、ロディは眉をひそめる。
それに構わず、僕は言葉を続けた。
「僕は《男》で、レイシアさんは女性だ。《男》が命を賭けるステージが、女性のためであるのなら、見返りなんていらないよ」
そんな僕の答えに、しばらくロディは呆気にとられ。
「……くっ、くっふふ。ふっはっははは!」
やがて、盛大に笑い出した。
「言ってくれるじゃねぇか。だったらさっさと行ってこい! レイシアが屍にならないうちにな!」
「不謹慎なこと言わないでよ!」
答えながら、戻しかけていた足を大きく踏み出した。街へと続く斜面を、勢いよく駆け下りる。
「こっちは任せろ! カモ野郎は必ずぶっ飛ばす!」
「おにい気をつけて!」
後ろから投げかけられる二人の声に、「うん! そっちも!」と力強く返して、僕は更に足を速める。
見据えるは、立て続けに爆炎や雷鳴が轟く西地区の最奥。
その場所でまた、一段と大きな爆音が鳴った。
 




