第十章21 本館へ
灯台もと暗しとは、まさにこのことを言うのだろう。
湯やが旅館を兼ねていたとは、驚きだ。
そもそも、この下座に、観光用の建物なんて見る限り無かったから、旅館すらないと思っていた。
「改めてみると、かなり立派な建物だな。ところどころ、傷んではいるが」
「上座にあっても、違和感ないよね」
レイシアとフィリアは、建物をまじまじと見つめる。
周りの景色が悪かろうが、建物が古かろうが、疲れがとれればそれでいい。
「入りましょうよ」
そう促して、私達は湯や兼旅館になっている建物に、足を踏み入れた。
扉を開けて中へ入ると、趣のある空間が広がっていた。
行灯の暖かな光がエントランスを照らし、しとやかな雰囲気を醸し出している。
奥には待合室のようなものがあり、一段上がった畳の部屋になっている。
なんとも和風の雰囲気だ。
「思ったより、人いるんだ」
フィリアの言うとおり、外の静けさが嘘のように、多くの人々が来ているようだ。
召し物がどれも継ぎ接ぎでこしらえたものであるのを見る限り、十中八九下座で暮らす人々だ。
「おいでませ」
ふと声をかけられて振り向くと、藍色の髪を結った、人の良さそうな中年の女性が立っていた。
たぶん、この旅館の女将さんだ。
「本日は、何のご用で?」
子守歌を歌うように優しげな声で、女将さんは聞いてくる。
「えっと……お風呂と、一泊したいんですが」
「かしこまりました。六名様で、金貨四八枚になります」
「わかりました。……フィリア、足りそう?」
私は後ろを振り返り、小声でフィリアに聞く。
「う~ん……うん。大丈夫」
フィリアは革袋を取り出して、昼間稼いだ分のお金を取り出して数えると、そう答えた。
「はい。きっちり六人分」
フィリアは、金貨を女将さんに手渡す。
女将さんは笑顔で受け取ったあと、「奥へどうぞ」と手で促した。
「お風呂は、別館となります。突き当たりの渡り廊下から行けますよ。どうぞ、ごゆるりと」
「どうも、ありがとうございます」
女将さんに礼を告げ、私達は旅館の奥へと足を運んだ。
二階建ての本館が旅館、別館が温泉となっているようだ。
本館の中には、障子や引き戸で仕切られた部屋がいくつかあり、客がしきりに出入りしていた。
おそらく、客室になっているのだろう。
鍵がなく、プライベートの管理が薄いのは、昔の日本では普通だった。という話は、歴史の授業で聞いたことがある。
まあ、これだけ無防備でも、おそらく大丈夫だ。
なにぶん、血の気の多い同行者達だ。
悪戯で入ってくる人がいようものなら、よってたかってフルボッコにするだろう。
むしろ、入ってきてしまった人が気の毒である。
そんなことを考えている内に、突き当たりまで来た。
女将さんの言っていたとおり、十メートルほどの渡り廊下が奥に向かって延びていた。
小さな庭園の中を通る渡り廊下を歩いて、私達は別館へと向かった。
レッツ、お風呂タイムだ。
面白い、続きが気になると思いましたら、ブックマーク登録、もしくは↓にある☆を★に変えていただけると、とても嬉しいです!!
執筆の励みになります!




