第十章18 真相。シェリーの過去
「ボクは……お金が嫌いなのだ」
「お金が?」
意外だった。
宝石と言えば、高価なもの。
若干の偏見が混じってはいるが、宝石が好きなら、お金も好きであると思うのが普通だ。
そもそもお金が嫌い、などと言う人は、生きる世界を二つ経験している私でも、未だかつて見たことがない。
「お金が嫌いというよりも……何もかも「お金がすべて」みたいな考え方が嫌いなのだ」
「そういえばさっき言ってたね。お金以外にも大切なものはあるって……」
「その通りなのだ」
少し道幅の広い大通りに出る。
しかし、まばらに建っている家は相変わらず暗く、その中で子どもの泣き声や怒鳴り声が聞こえてくるから、居心地の良いものではない。
「……今泣いている子どもも、全部お金が狂わせたのだ」
ふと、シェリーがそんなことを呟いた。
何か、憂いと怒りを込めたような、重たい口調だ。
思わせぶりな口調。
なんとなく、私は彼女の過去に何かあったのではないかと察する。
そうじゃなきゃ、明るい彼女がこれほどまでに怒りを露わにしたり、狂戦士になったりすることに、説明が付かない。
「むかし、何かあったの?」
「……」
「ごめん。言いたくなきゃ、言わなくて良いけど」
「……いいのだ。カースは信用できるから言うのだ」
シェリーは少し笑顔を取り戻し、とつとつと話し出した。
「ボクは、父さんと母さん、それに兄ちゃんと一緒に住んでたのだ。父さんと母さんはすごく優しくて……今のボクなんか足下にも及ばないくらい、凄い宝石加工職人だったのだ。いつかボクを最高の宝石職人にすると言って、いつもいつもかわいがっては、宝石加工のノウハウを教えてくれていたのだ」
「そうなんだ」
「ボクが宝石好きになったのも、二人が生み出す宝石が、とっても美しかったからなのだ。ボクは、そんな宝石を生み出せる二人に、ずっと憧れていたのだ」
「今、二人は元気なの?」
「……ふたりはもう、あそこなのだ」
シェリーは俯いて、指だけ空を指した。
上を見上げれば、残酷なほど明るい月が浮かんでいる。
山脈と崖で切り取られた空は、異様なほどに高く映る。
「そう、なんだ……ごめん。デリカシーに欠けること言って」
「いいのだ」
シェリーは、俯いていた顔を戻して、微笑みかける。
言葉とは裏腹に、無理しているように見えてしまったのは、気のせいではないだろう。
「ボクがお金嫌いになったのは……父さんと母さんの死に関係してるのだ」
「借金を抱えてたとか?」
「違うのだ。二人は……盗賊に殺されたのだ」
「っ!?」
衝撃の告白に、息を飲む。
足下を、冷たい風が攫うように駆け抜けた。
「……ボクが五歳の頃、突然家のガラスを割って、沢山の人達が入ってきて、家の中をメチャクチャにして……それから」
シェリーはぎゅっと唇をかみしめる。
握られた拳は、強くわなないていた。
「ボクの父さんと母さんを、目の前で殺して宝石を奪っていったのだ。「宝石は所詮、金を得るための道具でしかない。こいつらの優れた宝石加工の腕も、俺達の金儲けに使われて本望さ」そうボクに一言告げて、去っていったのだ」
「……」
衝撃的すぎて、言葉が浮かばない。
シェリーはただただ、怒りを押し殺すようにして言葉を絞り出した。
「ボクは、あの盗賊達を許せないのだ……! 父さんと母さんが鍛えた技術を、金儲けのためと踏みにじり、ボクが憧れた宝石の美しさに価値も見出さず、何もかもを奪っていった……あいつらが、憎いのだ!!」




