第十章11 霧に包まれた崖下の街
道を進んで行くと、やがて視界が開けた。
目の前で道が途切れ、それと同時に連なる家屋も途切れたのだ。
「崖か……」
「そうみたいですね」
途切れた地面から、下を覗く。
ここから下の地面まで一〇〇メートルはあるだろう。
真下は真っ暗で、気を抜けば吸い込まれてしまいそうだ。
一片の明かりもないところから察するに、森になっているのだろう。
奥の方へと視線を滑らせると、ちらちらと明かりが灯っている。
おそらく街になっているのだろうが、一目でわかるほど薄暗く、提灯の赤光もまばらにしか見えない。
そればかりか、地面付近には薄紫色の霧が立ちこめていた。
街としてのレベルが、ここら一帯のものより劣っているのが一目瞭然だった。
そして……地図に書かれていた崖下の街の地名を思い出す。
「これが……下座」
「ああ、そうだろうな」
レイシアは、愁いを含んだ瞳で眼下の風景を見つめながら、消え入りそうな声で呟いた。
「遠目に見てわかるほどに、活気がない。まるで死んだ街だ……」
崖の上が上座。
崖の下が下座。
明らかに皮肉の効いた名前だ。
まだこの村に来て半日も経過していないが――何か大きな闇を抱えているように感じる。
少なくとも、「金」が大きく関係しているのは、事実だろう。
「カースさん」
不意にセルフィスが私の肩をつつく。
「なんです?」
「あれ……霞橋じゃないですか?」
「え?」
今いる場所から、三十メートルほど離れた所に、上座の端からトツ山脈に向けて真っ直ぐに渡された、大きな橋があった。
大量の橋桁は遙か下の地面へ向け、真っ直ぐに伸びており――その先端は霧と闇のせいで見えない。
地図を見た限り、この霞橋は下座を見下ろすように渡されている橋のようだ。
上座の最東端とトツ山脈にある関所を繋ぐ、冷やかしの橋である。
また視線を下に戻すと、崖沿いに石の階段があるのが見えた。
おそらく、人や物資が行き来するために使用されるのだろう。
こんな急な崖と、山脈に挟まれた街では貴重な連絡路であるはずなのに、人っ子一人いないのは、気になるところではあるが――
そのとき、私は偶然、遠くの街の一角であるものを見つけた。
「あれは……」
目を凝らしてよく見ると、それは白い髪を持つ少女のようだった。
着ている服も、この国ではまず見かけない、白いロングコートのようだ。
まず間違い無い。
あれはシェリーだ。
「見つけた!」
次の瞬間、私は弾かれたように走り出した。
「おにい!? み、見つけたって何を?」
「シェリーだよ! あの街にいる」
「本当か! でかしたぞカース!」
フィリアやレイシアも、私の背中を追ってきた。
下に降りる方法は、たぶんこの階段だ。
おそらく、この近くに階段の根元があるはず――ッ!
直感に任せて、私は地面を蹴って走り回るのだった。




