第十章9 商売上手?
「いらっしゃい~いらっしゃい! さあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 安いよ安いよ、と~っても安いよぉ!」
青天の下、フィリアの明るい声が響き渡る。
流石に、よく通る声なだけある。
たちまち、「なんだなんだ?」と興味を持った人々が、ぞろぞろと集まってきた。
「よっ! そこの兄ちゃん、ウチの店見ていかないかい?」
「ほぅ? 嬢ちゃんの店じゃあ、何が売ってんだい」
フィリアの誘いを受けた、三十代くらいの男が、興味深そうに寄ってくる。
「こんなのはどう? 藍色で染め上げた小皿。本来五〇小塙はくだらないけど、本日限りの大☆特☆価! このよくわからない犬みたいな置物も含めて、三五小塙、三五小塙だよ!!」
(どこぞのネットショッピングかッ!!)
心の中で、すかさずツッコミを入れる。
「……ていうか、そのよくわからない犬みたいな置物を、セットにする意味あったんですかね」
私はそっと、隣に座るセルフィスに耳打ちする。
当の本人も、「さぁ」と首を傾げるばかりだ。
フィリアの手には、深い青色の皿と一緒に、誰が持ってきたのかわからない、犬によく似た謎の生物を模した小さい人形が乗っていた。
まあ、なんともいえない、絶妙にクオリティが低い人形だ。
――どう考えても、売れ残ると面倒だから、セットにしたようにしか見えない。
だが、もしそうなら、無駄に頭のキレる行為だ。
しかし、流石にその人形をすすめられた男も、疑問に思ったようで。
「その置物をセットにすると、何かいいことが?」
フィリアにそう問い返していた。
だがフィリアは、まるで狼狽えない。
そればかりか、チッチッチと舌を鳴らしながら、伸ばした人差し指を時計の振り子のように左右に振った。
いかにも「わかってないね、兄ちゃん」とでも言いたげな表情だ。
「この置物は、代々ある家の守り神として永い年月を過ごした、神聖なもの。神棚に置けば、厄災から家族を守ってくれること間違いなしだよ!」
「そ、そうなのか。それは凄い」
「それで、どうするの兄ちゃん。ウチの商品、買ってく? なかなかない掘り出し物だからね、早く買わないと他の人に渡っちゃうかも」
「わ、わかった。今すぐ買おう」
男は急かされたように、懐から小塙――黄金を楕円形に引き延ばして作ったこの村の通貨を、三五枚きっかり取り出してフィリアの前に置いた。
「これで丁度のはずだよ嬢ちゃん。確認してくれ」
「う~ん、たぶんOK! 毎度あり!!」
(いやちゃんと数えてよ!!)
肝心なところで大雑把なのは、相変わらずだ。
とはいえ――
私は、満足そうに鼻歌を歌いながら去って行く男を流し目で見送る。
それから、ぼそりと呟いた。
「プロだ……」
「あ、そうだな」
私の呟きに、レイシアが反応した。
「商品の価値を説明し、その上で値切ってみせる。しかも、貰った代金を数えないことで、客に絶対的な信頼を置く姿勢を見せている。正真正銘、プロだ……」
レイシアの額を、一筋の汗が流れた。
なんだか――もの凄く感心しているようだ。
最後に勘定をしなかったのは、めんどくさがってやらなかっただけに思えるが――全体的な手腕は見事だ。
そして、感心している間にも、フィリアは既に次の客との交渉を進めていた。
「まさか、フィリアにこんな特技があったなんて……」
「私も驚きました」
セルフィスも、まるで見ることを強要されているかのように、取り引きを見つめている。
このフリーマーケットを開催している間、見慣れないフィリアの勇士に、ずっと舌を巻いているのだった。




