第十章8 一年桜の浪漫
――そうして、私達一行は街の中央付近から離れた空き地を探した。
途中、小川に架かる朱塗りの橋を渡る。
「うわぁ~、すごい……」
フィリアは、対岸を見て呆けたようにぼやいた。
「ほんと、すごく綺麗」
私も、思わず見とれてしまう。
小川に沿うように、満開の桜が並んでいたからだ。
季節の事なんて、特に気にしていなかったんだけど、今は春なのかな?
そんなことを考えていた矢先、レイシアが口を開いた。
「一年桜か。王国でもたまに見かけたが、並木を見たのは初めてだ」
「一年桜?」
聞き返すと、レイシアは私の方を見て小さく頷いた。
「本来桜は春に咲くものだろう? だがこの一年桜は、その名の通り一年中花が咲き続ける、貴重な樹木なんだ。季節的には初夏に当たる今、こうして咲いているのがその証拠」
「へぇ~」
私は、興奮を吐き出すように吐息を出した。
はらはらと舞う桃色の雪は、一際強く吹きつける風に乗って空高く舞い上がる。
この世界に季節があることも初めて知ったし、年中咲き乱れる桜が存在することも、初めて知った。
日本では、散りゆく桜に風情を見出す文化があったけれど、私はずっと桜の花を見ていたいタイプだ。
異世界に来て、まさかそんな夢みたいなことが現実になるとは。
空に散っては、再び生まれる花弁を横目に、私達は街の奥へと進んだ。
――しばらく進むと、フィリアがまた声を上げた。
「ねぇ、おにい見てよ。看板があるよ」
「看板……?」
なるほど。
前方の茶屋の脇に、木で出来た立て看板がある。
「何が書いてあるんだろう?」
「ちょっと見てくる!」
言うが速いか、フィリアは小走りで看板の方へ向かった。
「地図だよ! このニタ村の!」
「ほんと」
「うん!」
看板の側まで近寄って、確認する。
確かに、この村の看板だった。
地図と照らし合わせるに、現在地は赤い橋と巨大な「霞橋」の丁度間に位置するらしい。
「もう少し行くと、崖と巨大な橋があるみたい」
「そのようだな」
レイシアが地図を見ながら答えた。
「崖の下にも街はあるようだが――一々、下って売るのも大変だからな。この辺りで適当な場所を見つけて、市を開くとしよう」
レイシアはそう即断して、きょろきょろと辺りを見まわす。
釣られて私も辺りを見まわすと、良い具合に、道沿いの民家と民家の間に、小さな空き地があった。
「あそこで売りません?」
「ああ、余も今し方同じ事を思っていたところだ」
頷き合い、空き地へと足を運ぶ。
空き地は、長い間使われていないようで、草が生え放題だったが……上にシートを敷けば、全く問題は無かった。
かくして私達は、シートの上に商品を並べ、この村にしばらく駐在する分のお金を得るために、商売を始めるのだった。




