第十章5 シェリー、先走る
「なんなのだ。あの骨抜きになったムカつく人は……」
シェリーは、いかにも不服と言わんばかりに、頬を膨らませている。
「そんなことより、どうする?」
シェリーの小言を尻目に、レイシアが質問を投げかけた。
「シェリーが怒る気持ちも、まあわからないではないが……あの時雨という女の言い分は正しい。金が交換できなければ、この村にいることはできん。早急に立ち去るというのが、懸命な判断だろうな」
レイシアは、もっともな意見を提示する。
まあ、実際そうするべきだろう。
しかし――どうしてもそれに賛同したくない人が、一人だけいた。
「ボクは反対なのだ!!」
ここぞとばかりに、シェリーが食って掛かる。
彼女の瞳には、重い感情の色が渦巻いていた。
「お金がすべてなんて……そんなふざけたこと、言わせないのだ! お金以外にも、大切なものはたくさんあるのだ!」
シェリーは、現実を受け入れたくないかのように、ぶんぶんと頭を振る。
しかし、そんな彼女へレイシアは、あくまで冷静沈着な態度で告げた。
「貴様の言いたいことも、わかるにはわかるがな。少し頭を冷やせ。金で世の中が回っているのは、何もこの村に限ったことじゃない。金以外に大切なものは確かに存在するが……この場合、それを追求するのはお門違いだと、余は思うのだがな」
「うるさいのだ!! お金なんてなくても、この村で生きれることを、ボクが証明するのだ!!」
シェリーは一方的に言い捨てて、急に走り出した。
通行人の人達が、物珍しそうに見ているが、それには脇目も振らずに。
「バカが、何処へ行く!」
「どこだっていいのだ!」
ああして、考えもなしに走って行くのは、たぶん若さゆえなんだろう。
――たぶん彼女とは、三、四歳程度しか変わらないと思うけど。
「ちっ。面倒くさい事態になったな」
シェリーの背中が見えなくなると、レイシアは舌打ちした。
「申し訳ありません、レイシアさん。主がご迷惑をおかけして」
「まったくだ。お陰でいろいろと手間が増えた」
相変わらず頭を下げるだけのヘレドに、レイシアはつっけんどんとした態度で返す。
しかし、心なしか彼女の顔に憂いが浮かんでいるようにも見えた。
もしかしたら、シェリーに厳しいことを言ってしまったことを、悔いているのかもしれない。
「でも、どうするんです? これから。シェリーさんを見つけられたとしても、きっと、まだ居座ると思いますよ」
不意にセルフィスが、シェリーの去って行った方向を心配そうに見据えながら言った。
「そうですね。単に我が儘と考えるには、何か動機が重いような感じもしましたし――あっさり、この村を去ることを、承諾しそうにはないです」
「そうなると、こちらも動けないからな――金がないのでは、どのみち自由が利かん。どうしたものか……」
レイシアは、顎先に手を当てて思案に耽る。
そのときだった。
「閃いた!!」
急に、フィリアが目を輝かせた。
ピンチの時に“だけ”(無駄に)役に立つ、フィリアさんの助言が本日も聞けるらしい。
「なに、フィリア。いいアイデアでもあるの?」
「ふっふっふ。お金がないなら――」
た~っぷりと時間を空けて、私達の注目を集めたあと、フィリアは弾かれたように言った。
「作ればいいんだよ!!」
「「「「……犯罪だよッ!!」」」」
フィリアのぶっ飛んだ発言を前に、私達の声がアンサンブルした。




