第十章4 理不尽はすぐ側に
(――なっ!)
驚いた。
私達の代わりに、お金を払ってくれるというのだから。
燃えるような冷たさのある相貌ながら、中身はかなり良い人みたいだ。
「今回は、これで手打ちにしてくれ」
「まったく。プライドの欠片もない行為でやすね。侍が聞いて呆れる」
相も変わらず憎まれ口をたたきながらも、店主の男は、時雨が差し出した楕円形の金貨を受け取った。
「今回ばかりは、これで簡便しやしょう」
「恩にきる」
短く礼を告げ、時雨はくるりと踵を返す。
それから、一切ブレのない均一な足取りで、私達の方に歩いてきた。
「お疲れの所恐縮だが、この村を早急に立ち去るといい。金を持たざる者は、斯様に迫害を受ける。生きてゆく術はない。拙者とて、そう何度も助けられるわけではない」
話はこれで終わりだと言わんばかりに、時雨は方向を変えて立ち去ろうとする。
そんな彼女に、声をかける者がいた。
「待つのだ」
――シェリーだった。
「なにか?」
「つまり、ボク達はお金を持っていないから、この村では人権がないって言いたいのだ?」
「左様。一度この村へ入国した以上、関所での金銭交換も望めない。この村の掟じゃ」
「おかしいのだ……狂っているのだ」
「確かにその通りであろう」
時雨は、驚くほど素直にシェリーの言葉を認めた。
「だが、だからこそ、其方には関係の無い話。この世の中、理不尽などというものは腐るほどに転がっているものゆえ。理解したのなら、さっさと出てゆくがよい」
「ボクは……まだ出て行かないのだ!」
シェリーは、語気強く言い放つ。
その言葉に、一瞬時雨の瞳が、細められた。
「……なぜ」
「こんな腐った現実、認めたくないからなのだ」
「であれば、どうするのじゃ?」
「この村の理不尽を見極めて、殿様って人に抗議するのだ!」
え、えぇ……ッ!?
流石に度が過ぎた発言をするシェリーを看過できず、彼女の方を凝視する。
けれど――彼女の瞳の奥には炎の色が揺れていた。
明らかに、冗談や酔狂の類いではないことが、火を見るよりも明らかだった。
「くだらぬ正義感だ。其方程度の力で、どうにかなると本気で思っているのか? 天守閣にたどり着く前に、部下達にやられるのが関の山だ」
「そんなこと、やってみなくちゃわからないのだ!」
負けじと、シェリーが食って掛かる。
が……そもそも、時雨は彼女のことなど、まるで相手にしていないようであった。
ふん、と小さく鼻を鳴らし、何も答えずに時雨は立ち去る。
「待つのだ! まだ話は終わってないのだ!!」
「拙者はもう終わっている。若輩者の夢想論に、いちいち付き合っている暇はないのでな」
さっさと行ってしまう時雨に、しばらく呆気にとられていた私だったが。
ふと、まだお礼を言っていなかったことに気付く。
「あ、あの! 時雨さん……ですよね?」
「左様であるが……どうした?」
「先程は助けていただいて、ありがとうございました」
私は、深々と頭を下げる。
それを見た時雨は、ほんの少しだけ目を細めて、答えた。
「お安いご用である。せっかく拾った命だ。無駄にはせぬように」
そうして時雨という少女は、街の奥へと行ってしまった。




