第十章3 侍少女、見参
「――何が、「金が全て」なのだ……。そんなの、器の小さい吝嗇家なのだ」
ふと、シェリーが震える声で呟いた。
見れば、白い髪が残酷に映えるほどに目元は暗く、握りしめる拳は怒りを孕んでいるように見えた。
――まずい。
直感でそう察する。
最悪、また狂戦士となって暴れ出すだろう。
まだ、私達の処分が打ち首と決まったわけではない。
しかし、ここで暴れれば、未来は明るくない。
「お、抑えて!」
私は、シェリーの肩に手を置いて、そう諭す。
だが――腹立たしいことに、店主の男が彼女の怒りを煽るような発言をした。
「なんでやす、その態度は。文句があるなら言ってみるんでやすね」
「――キッ」
シェリーは最早我慢ならないとばかりに、私の手を振り払い――腰の後ろに挿した拳銃のグリップを掴む。
(――あ、終わった)
最悪のシナリオを頭に描くのと同時。
シェリーは、怒れるままにパーカッションリボルバーを抜いた。
――が、その瞬間だった。
赤い影が、シェリーと店主の間に飛び込んだ。
「え?」
驚いた私が、声を上げるよりも速く、キンッ! という鋭い金属音が響き渡る。
そして、次の瞬間。
シェリーの手にした二丁の拳銃は、天高く舞い上がっていた。
飛び込んだ赤い影が、彼女の得物を吹き飛ばしたのだ。
「な、なんなのだ!?」
「今のは、一体……?」
私達は、シェリーの目前に立っている人物を、一斉に凝視した。
その人物は、花柄の朱い着物を羽織り、私達に背を向けて静止している。
右手には、陽光を受けて重花丁字の刃紋が輝く、一振りの刀が握られていた。
おそらく、あの刀でシェリーの重を弾き飛ばしたのだ。
“おそらく”と言ったのは、彼女の剣捌きが速すぎて、何も見えなかったからである。
「早まるでない、若人よ」
凜と澄んだ声で、その人物は言った。
声の纏う覇気は、どことなくレイシアに似ている。
ゆっくりと刀を鞘に収めると、彼女はこちらを振り返った。
あどけなさを感じる顔つきながら、一本芯の通った強そうな少女だ。
「いやいやいや、君だって若人じゃん!?」
そう突っ込もうとしたのだが、そんなことを言う隙は与えられなかった。
炎のように赤い髪は右目を覆い、ガーネットのように深く鋭い輝きを放つ左目だけが、私達を真っ直ぐに射貫いていたのだ。
まるで侍の魂を凝縮して洗練したような、身も凍る熱気を感じた。
「今この場で“上座”の連中を傷つけようものならば、間違いなく其方の命はないぞ。短気は損気という諺もあろう。理不尽に怒れる気もわからぬではないが、ここは耐えるのじゃ」
そう一方的に言い捨てて、少女は店主の方に向き直った。
「其方も大人げない真似はよせ。この村の決まり事を、旅の者達に押しつけるとは。恥を知るがいい」
「相変わらず、綺麗事を言うのがお好きでやすね、時雨。上座に選ばれておきながら、生きている価値もない“下座の輩に肩入れする、はみ出し者だ」
何やら嫌味を言われているようだが、時雨と呼ばれた少女は何食わぬ顔で話を続けた。
「はみ出し者で結構。団子の分の銭なら、拙者が払おう。ここは、大人しく手を引くのじゃ」




