第九章18 自由落下の最中で
まずシェリーは……
「ぐうぇ~、そ、空も嫌いなのだ……」
うん。
乗り物酔いしてるから戦力外だ。
というか、乗り物酔いしてるときは風に当たるといいって言われてるのに、問答無用で酔う辺り――
三半規管がクソ雑魚である。
「フィリアとセルフィスは、と……」
「うわぁ見て見て、セルフィス! 綺麗な景色!」
「はい! 空を飛ぶのって、こんなに心地良かったのですね!」
――空の旅を、心の底から楽しんでいる。
たぶん、着地の事なんてまったく考えていない。
ヘレドは……うん。
もやしだから戦力外だ。
(あれ? これ、現状かなりマズイんじゃ……)
額から出た汗が、頬を伝わずに上に散った。
オウ山脈を越え、遂に筏が失速。
地面に向かって落ち始めたのだ。
「あ、ヤバい……」
私の呟きを置き去りに、重力が私達を地面へ誘う。
たちまちのうちに、下へぐんと引っ張られる身体。
反射的に筏のへりへ手を伸ばし、身体を固定するが――こんなことをしたところで、何の意味も無い。
「お、おにい落ち始めたよ!? どうするの!?」
ようやく事のヤバさに気が付いたらしいフィリアが困り顔で問いかけてくるが、生憎私は質問の答えを持っていない。
「どうするのって……どうしよう」
「ちょっと!? このままじゃフィリア達地面にたたき付けられて、あじゃぱぁだよ!?」
「そ、それはそうだけど……」
どうしようもないものは、どうしようもない。
私は正義のヒーローじゃないのだ。
筏の自由落下を難なく止められるとしたら、それは真の救世主か、大魔王くらいだろう。
そんなことをしている間にも、落下スピードは加速度的に上昇していく。
もう、どうしようもない。
止められない。
豆粒だった眼下の景色が、みるみるうちに大きくなる。
下は――ニタ村だ。
大きな街道と小さな用水路。
碁盤の目上に広がる細道。
そして、それらに沿う形で、茅葺きや瓦で出来た屋根の家が、ずらりと並んでいる。
「は? ここだけ日本の江戸時代?」
落下しながらそんなことを思ったが、すぐに意識はより緊急性の高い現実に引き戻される。
「て、そんなこと考えてる場合じゃない! 落ちる! 死ぬぅうううう!?」
私の叫びが空に残響し、そして。
目の前に地面が迫る。
私は、思わず硬く目を閉じた。
数秒後にやってくる衝撃と、この冒険の幕切れを予感して。
――が。
「……っ!」
いくら待っても全身を襲う強い衝撃がやってこない。
不思議に思い、目を開くと――
「なっ!」
私は、信じられない光景を見た。




