第九章16 水中戦の勝者
(刺されぇえええええええッ!)
全力で突き立てる剣の先端が震え、程なくして。
ブスリ。
脚の付け根に切っ先が刺さり、体液が水に溶け出した。
(……ごめんね!)
僕は心の中で一言謝って、上から下へ力一杯剣を振るい、デカブトの腹を切り裂いた。
キシャァアアアアア!
デカブトは苦しそうに呻き声を上げ、六本の脚をバタバタと動かす。
それから、観念したように、進行方向を変えて川底奥深くへと潜っていった。
(ふぅ……)
剣を鞘に納め、蔦が巻き付いた身体をくねらせて闇の向こうに消えていくデカブトを見送る。
それから、また「―《女》―」と呟いて、筏の上に上がったのであった。
「――ぷはっ!」
「あ、おにいが帰ってきた!」
フィリアが真っ先に私の帰還に気付いて、駆け寄ってきた。
「お疲れおにい!」
「お疲れされました……と」
筏の上にあがり、服の裾を絞る。
ぼたぼたと大量の水滴が、丸太の上で弾けた。
「――ヤツは?」
レイシアが、神妙な面持ちでそう問うてくる。
「少しばかり傷を負わせたんで、しっぽを巻いて逃げていきました。もう安心ですよ」
「さっすが、おにい! 頼りになるぅ~!」
抱きついてきたフィリアが、私の胸元に顔を埋める。
「ほんとうに、大したものだ。あのデカブツを退散させてしまうとは」
レイシアもまた、感心したように言った。
「ど、どうも」
「どうやって倒したんだ?」
「それはまあ、いろいろと」
私は目を泳がせて言葉を濁す。
小首を傾げるレイシアだったが、「……そうか」と納得したように頷いて、それ以上追求することはしなかった。
男になって倒した、というのはシェリーの前では御法度だ。
そもそも男になれるということ自体、知られてはいけない。
やりづらいことこの上ないが、そうヘレドと約束したのだ。
「けど、この筏もボロボロになっちゃいましたね」
私は、筏の上を見まわして呟いた。
デカブトに襲われた痕跡があちこちにある。
マストは根元から折られ、川の底に沈んでしまった。
丸太を繋ぐ蔦はちぎれ、いくつかの丸太は流れて行き、筏の広さは一回り縮んでしまっている。
端的に言えば、六人を乗せて辛うじて浮いている――というような状況だ。
「修復しようにも、材料がないからな……困った」
レイシアは腕組みをして、目的地となる対岸に目線を向けた。
「対岸まであと半分……帆をやられている以上、航行は困難を極める。何か、アイデアを持っている者はいないか?」
「はいはいは~い! フィリア、グッドアイデア持ってるよ?」
「ほぅ? なんだ」
「泳ぐ!」
「却下だ」
レイシアはにべもなく切り捨てる。
まあそうだよね、と私も苦笑いを禁じ得なかった。




