第九章14 水上の激戦
「川の主なのだッ!?」
私の疑問をシェリーの叫び声が遮った。
「え? 川の主? これが? どう見ても、ただのデカい昆虫――」
「コイツで間違い無いのだ! 鉢合わせるなんて、運が悪いのだ」
まあ、鉢合わせる気はしてましたけどね。
フラグ立ってたし。
(ていうか、川の主が陸生生物って……なんでもありなの、異世界は)
私は、改めてこの世界に対して戦慄と驚嘆を禁じ得なかった。
だが、そんなことを一々嘆いている暇はない。
お約束通り、川の主(笑)が、羽をブンブンと鳴らして突進してきた。
高速で上下する羽が水面を叩き、水が大きく泡立つ。
「伏せろ貴様等ッ!」
レイシアの逼迫した掛け声に応じて、私達は咄嗟に体を低くする。
そんな私達の頭上を、デカいカブトムシ(面倒くさいから、デカブトとでも呼ぼう)が過ぎる。
猛烈な風が渦を巻き、髪や服をバサバサと揺らした。
「ちっ。調子に乗りすぎだ、このデカブツが!」
レイシアは忌々しそうに舌打ちをして、上昇するデカブトを睨む。
抜き手も霞む速度で革袋からルビーを二つ取り出し、矢継ぎ早に呪文を唱えた。
「《珠玉法―紅玉・火炎―二重奏》ッ!」
カッ!
朱く眩い炎が、二つの光球を象って、デカブトへ肉薄――そして、激突。
爆音が二回弾け、デカブトの全身が爆炎に包まれる。
「やったか……っ?」
爆風を腕で防ぎながら、レイシアは片目を開けて爆炎を見つめる。
「れ、レイシアさん。その台詞だけは言っちゃだめです」
「なぜだ?」
「フラグです」
「ふらぐ……? なんだそれは」
私の震源に、小首を傾げるレイシア。
しかし、その瞬間だった。
謀ったように爆炎が割れ、デカブトが突っ込んできた。
当然のように、その全身には傷一つ無い。
「やっぱ生きてますよね!?」
「火炙りにしても焦げ一つ付かないかッ! 水生生物のくせに猪口才なッ!」
私達は体勢を整え、それぞれ宝石を取り出す。
「「《珠玉法―琥珀・光輝》ッ!」」
面攻撃がだめなら、点攻撃。
貫通力に特化した光の魔術を、迫り来るデカブトへ放つ。
――が。
閃光が当たる直前、デカブトは見えない柱をなぞるように、螺旋を描いて旋回し、いとも簡単に避けてしまった。
そして尚、突進する速度は変わらない。
ばきぃいいいっ!
すれ違い様、デカブトは筏のマストをなぎ倒した。
「ちぃっ! 次はこの筏が沈められるぞ!」
レイシアの額に、焦燥の色が浮かぶ。
この状況で転覆は、なんとしても避けたい。
何か、ヤツを仕留める策略はないか……?
私は、知恵を振り絞って、この状況を打開する策を考えた。




