第九章13 戦慄。 川の主とご対面
「う゛~……ぎもぢわるい」
そんなしゃがれ声が、足下から聞こえる。
反射的に下を見ると、丸太の上に蹲っているシェリーがいた。
顔色は真っ青。
目をくるぐると回し、口元を小さな手で押さえている。
えっと――状況から察するに、おそらく。
「もしかしてシェリー、船酔い?」
「な、なにを言ってるのだ? ボクが、船酔いなんてするわけが……うぇええ」
まくし立てようとするが、その前に白目を剥いて水面に顔を落とした。
付き人であるヘレドの方を見ると、彼は苦笑いを浮かべながら、こくりと頷いてみせた。
なるほど。
やっぱり船酔いらしい。
「まったく、だらしないな。大して揺れてないだろうが」
レイシアがこちらへやって来て、シェリーを見下ろしながら、呆れたように言い捨てた。
「ゆ、揺れてるのだ……揺れすぎて吐きそうなのだ」
シェリーはそう主張するが、私から見ても大して揺れている感じはない。
そもそもこれだけ川幅の広い大河は、流れが緩やかと言うのが定石だ。
筏を大きく揺らすほどの高い波は、発生していない。
「世話のやけるヤツだな……ほら、俯せになれ」
「こう……なのだ?」
顔を半分筏の外に出した格好で、シェリーは寝そべる。
レイシアは、そんな彼女の背中をさすった。
「い、痛い。力が強いのだ」
「うるさい。力加減が苦手なんだ」
レイシアは鼻をならしつつ、シェリーの様子を見続ける。
なんというか――不器用なだけで、思いやりのある人だと思った。
私が思わず、笑みをこぼした……そのときだった。
(……?)
私は、水面の下が僅かに陰ったのを見た。
それと同時に、出航前シェリーが言っていた言葉を思い出す。
「危ないッ!」
私はとある危険を察知するや否や、半分身体を乗り出していたシェリーを、強引に引き戻す。
刹那。
ドォオオオンッ!
凄まじい音を立てて、水柱が立ち上がった。
何かが、シェリーの頭を狙って思いっきり水中から飛び出したのだ。
あと一秒、危険を察知するのが遅かったら、シェリーの首はソイツに持っていかれていただろう。
そして、この状況から察するにソイツは――
「川の主か……!」
私は、水柱の向こうを見据える。
水しぶきが収まり、ソイツの全貌が明らかになった。
「なっ――!?」
私は、思わず絶句した。
川の主が、想像を絶するほどに凶暴な見た目で――というわけではなく。
まず、身体の色は漆黒。
頭部には巨大な角が一本生えており、腹部には三対の細い脚。甲冑のような見た目の前羽を左右に開き、薄い後ろ羽を高速ではためかせて宙に浮いている。
そう、その姿はまるで――
「カブト……ムシ?」
え? どういうこと?




