第九章12 船出。 対岸へ
――おおよそ二時間が経ち、六人が搭乗可能な大型の筏が完成した。
「思ったより、早く完成したな」
レイシアが、細い木を一本丸ごと使ったマストの先端までを見上げて、口角を吊り上げる。
「しかし……筏の大きさに対して帆が、ちと大きすぎやしないか?」
レイシアは、少しだけ眉根を寄せて筏全体のバランスを見る。
たしかに。
言われてみれば、全体的に少しアンバランスだ。
葉っぱを縫い合わせて作った同じくらいの大きさの帆が二つ、マストの上下に括り付けてあるのだが。
その横幅は、筏の両端を軽く飛び越えている。
はっきり言って、立派すぎだ。
「そういえば、帆作りの担当はカースの班だろう? どうしてここまで大きくなった?」
「いやぁ……それが」
私は頭を搔きながら、後方をおずおずと指さす。
釣られてレイシアも、その方向を覗いた。
そこには――シェリーとセルフィスが、大の字になって倒れ伏していた。
「ぜー……ぜー……な、なかなかやるのだ。このボクにここまで迫れる奴がいるとは……ゲホッ。正直、想定してなかったのだ」
「はー……はー……当たり前、です。元々葉っぱを編み合わせて布を作るというのは、はー……はー……、私の発案ですから」
「正直……ぜはー、舐めていたのだ」
「私こそ……けほっ、驚きました」
荒い息を吐いて、胸元を上下させる二人。
帆作り対決で白熱し、体力を使い切ったらしい。
ていうか、一周回って互いの健闘をたたえ合ってるし。
昨日の敵は、今日の仲間と言ったところか……知らんけど。
「……アホか、あいつらは」
レイシアは呆れたように一言呟いて、皆に指示を出した。
「さて、ぼちぼち出航と行くか。日が高い内に、さっさと川を渡りきるんだ」
――かくして、私達は筏に乗り込んだ。
天気は快晴。
風は上々。
緑の帆は風を溜め込んで大きく膨らみ、筏を対岸へと誘う。
「気持ちの良い風……」
セルフィスが、髪の毛を押さえながら言った。
翠玉色の目は陽光をいっぱいに取り込み、好奇心を抑えきれない無邪気な子どものように輝いている。
「おにいと一緒に湖渡ったときのこと思い出すね!」
フィリアが、私の左腕にしがみついてきた。
「あ、うん。……なるべく思い出したくなかったけど」
「ナンデ!?」
がびーんっ!
という擬音語が似合いそうな表情で硬直するフィリア。
そりゃあのとき、いろいろと酷い目に遭ったからに決まってる。
「たまには、こうして波に揺られるというのも悪くないものだな」
「ええ、そうですね」
「貴様には言っていないぞ」
「す、すいません……」
「わかればいい」
レイシアとヘレドは、相変わらずのやり取りをしている。
少しばかり、二人の距離が縮まった(?)ようだ。
皆、思い思いに船旅を楽しんでいる様子だった。
――ただ、一名を除いて。




